抗いし者たちの系譜
逆襲の魔王

 魔王を倒しに行った勇者が、魔王の力を奪い自ら魔王となってはみたものの、倒した前の魔王に心を惹かれてしまう。そんな設定をまず目にして抱くのは、人間が魔王になってしまい、魔力や権力の使い勝手に困り、変わってしまった周囲の目に戸惑いながらも、ひとつひとつ問題を乗り越え、成長していく人間の姿を描いたストーリーだろう。

 こうした設定では、既にして豪屋大介の「A君(17)の戦争」や、喬林知「今日からマのつく自由業!」といった、人間が魔王そのものになるベストセラー作品が幾つもある。ファンタジー世界で平凡な少年が魔王を目指す浅沼広太「魔王、はじめました」もあるし、六甲月千春の「まおうとゆびきり」のように、魔王を守護者にしてしまう少女の話もあったりする。

 だから「第17回ファンタジア長編小説大賞」で審査委員賞を受賞した三浦良の「逆襲の魔王 抗いし者たちの系譜」(富士見ファンタジア文庫、560円)も、勇者が女性であり魔王との力が逆転するという捻りの上に、お互いの間に恋愛感情が芽生えるという要素を混ぜて膨らませた物語なのか、といった想像を浮かべる人も多いだろう。

 ところが、そんな事前の想像をはるかに超えて、「逆襲の魔王」はまったく異なる切り口でもってドラマチックな物語を紡ぎ上げる。単身で魔王の城へと乗り込み、魔王と対峙した果てに不思議な力を使い、魔王から力を奪った少女、サラ=シャンカーラだったが、人間の国へと凱旋するどころか、魔物を束ね不思議な力を持つ自分を人間と認めなかった人間たちの国々に、攻め入り征服を始めてしまう。

 持ち前の明晰な頭脳に、魔王としての力も得たサラには、魔族からも、人間からも勝れた者が従うようになる。聡明なサラを補佐する喜びを噛みしめながら彼女に仕え、そんな部下を得てサラも権力を強めていっては、やがて近隣のすべての国々を、魔物の領地も含めて統べる一大帝国を作り上げた。

 そんなサラを経て狙う者が現れた。サラから力を奪われ魔力なき魔物となった前の魔王、ラジャスが、復讐を果たすべくたあ1人従っていた魔族の部下を引き連れ、帝都へと乗り込んで来た。そして、サラを狙う別の一味が謀って開いた武術大会にエントリーして、勝者となってサラに近づこうと機会を伺っていた。

 魔力を持たないラジャスに、サラの周囲を固めていたかつての部下だった魔物たちも彼を前の魔王と気づかない。ただひとりサラだけが、温め続けた想いもあって一目でラジャスの正体を見抜く。けれどもサラはラジャスを討たない。退けようとすらしないで勝ち残った彼を皇宮へと迎え入れて部下にする。

 何が狙いか。訝るラジャスだったが彼には心に誓った目的があった。それを果たすためにラジャスは、サラへと迫る別の一味の奸計に立ちふさがり、そして遂にはサラと一対一で対峙する機会を得る。

 ラジャスがサラをこれほどまでにつけ狙った理由。それが単に魔力を奪われた復讐をして、魔王の地位を取り戻そうとしたものではなかったという部分が、怨みや欲望といった感情を越えて尊ばなくてはならない、生きる意味といったものを感じさせる。

 そんなラジャスの清冽にして高潔な願望の一方で、人間から見下され畏れられながら生きて来たサラが魔王となり、また皇帝という地位を得てなお埋められなかった恋心というものを、灯らせ抱き続けた生き様が、名誉や責任といったものを越えて存在する、感情の重さ、大きさを気づかせる。そんな感情を秘めつつ前へと進まなくてはならない、立場ある者の哀しさにも。

 サラを狙い巡らされる奸計の後詰めまで考え抜かれた緻密さも、そんな奸計に対抗してこれまた謀を巡らせるサラの宰相スキピオの明晰さにも、ただただ驚かされるばかり。征服されて今は臣下となった元の王が、怨を抱いて謀叛の時を待つだけの暗愚な存在として斬り捨てられず、彼は彼なりの思いがあり、また彼に協力する魔物にも魔物なりの想いがある。

 そういった、さまざまな想いのぶつかり合いから登場する者たちが、動き物語が紡がれていく点は、記号的なキャラクターのバリエーション合戦となっている感のある小説の世界に、ドラマで魅せて引っ張り込む物語も未だに健在なのだということw、事実として見せてくれる。

 「第17回ファンタジア長編小説大賞」からはすでに、準入選の淡路帆希「紅牙のルビーウルフ」が出て、審査委員賞の瀬尾つかさ「琥珀の心臓」が出て、それぞれにファンタジーの世界に自意識を持って戦う王女の格好良さを、あるいは自らを捨てて戦う少女の健気さと、彼女の心根に従い酷薄と誹られても秘密を守り通す少女の強さを魅せてくれた。

 加えて聡明故に、強靱であるが故に虐げられた少女の内に燃える感情の凄まじさと、そんな少女がすがった恋心、そして名誉のために我が身を投げ出す男の潔さというものを見せてくれる「逆襲の魔王 抗いし者たちの系譜」の登場。伝統あるレーベルは新たな伝説をここに刻み、ますます発展していくことだろう。


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