グルア監獄 蒼穹に響く銃声と終焉の月

 ずるいなあ。ずる過ぎるよなあ。

 何のことかと言えば、それは九条菜月の「グルア監獄 蒼穹に響く銃声と終焉の月」(中央公論新社、900円)に登場する、グロア監獄のセルバルア・ゼータ所長というキャラクターの扱いのこと。本文のすぐ前に掲載されたキャラクター紹介のイラストでは、ゼータ所長は冷徹そうな美形男子として描かれて、世の男子を震え上がらせ世の女子の目を輝かせそう。

 ところが、表紙をめくったところに掲載された口絵には、キャラクター紹介には乗っていない軍服を着た人物が描かれている。これはいったい誰なんだ。もしかするとそうなのか。いろいろ考えさせられるけれど、本文に入って間もなく登場するゼータ所長は、厳格さと冷徹さを供えた男性軍人として描かれている。

 なんだやっぱり。ではいったい。安心半分、残念半分の気持ちで読んでいったその先で明かされた驚くべきゼータ所長の正体。なおかつその後はだいたいそちらに寄った姿で闊歩しているからたまらない。婦女子のある種のガッカリを誘いながらも、男子の興奮を引きつけたりする。そんな巧みなキャラクター造形を繰り出した作者の九条菜月はとても賢く、そしてずるい。ずる過ぎる。

 さて物語。20代に入っていても、血統からか体質からか、16歳の頃と変わりない容姿を保っているクロラ・リルという軍人に指令が下る。英雄と讃えられる働きをしながらも、放蕩がたたって借金を作った祖父がいて、その借金の面倒を見てもらった代償に、ディエゴ・クライシュナという中佐の言いなりになって諜報活動に従事していたクロラは、軍が管理するグルア監獄という場所が、何か不正をしている可能性があると言われ、それを探ってくるようディエゴから命じられる。

 そのグルア監獄とは、任地で面倒を起こしたり、素行が不良だったりした軍人があちらこちらを回された挙げ句、最後にたどり着くようないわば“軍人の墓場”。行ったら二度と外には出られないとさえ言われている場所だけに、さぞや酷いところかと思ったら、働いている看守たちは規律こそ守っていなくても、仕事にはしっかり取り組んでいたから驚いた。

 刑務所でよくあるような、看守たちが囚人たちを虐待するようなことは一切無し。その理由がゼータ所長の鬼のような統率ぶりで、もしも騒動を起こすような看守がいたら、それこそ吊して何日も放っておくくらいの厳罰をもって臨んでいた。おかげで以前はあった囚人の迫害による死亡事故はなくなり、看守たちも自分たちの仕事に誇りを持って臨んでいた。寮は汚れで埋もれて悲惨な状況になっていたけれど。

 そんな潔癖さを地でいくような場所でも、命じられた以上は何か隠されている物があると考え、それを探し出さなければならないと、クロアは新兵ながらも下手を打ってグルア行きとなった一等兵という経歴で、新米の看守として仕事を始めることになる。同僚には女性ながらも血筋から怪力の持ち主で、触れた物をすべて壊し投げ飛ばしてしまうと囚人たちから恐れられているカルディナ・バシュレ一等兵らがいて、彼ら彼女たちと日々の仕事を粛々とこなしながら、クロアは所長の身辺を探ろうとする。

 ただし、第1巻ではそうした金にまつわる秘密はまるで明らかにされず、ただ何か隠していそうな雰囲気だけが仄めかされる。すべてが見えてくるのは次の巻になるのだろうか。逆に明らかにされるのは、ゼータ所長が持っている不思議な生態と、それから時に冷酷で時に熱情的な性格。背後からクロアに忍び寄り、決して新兵ではないクロアが怯えるくらいの殺気を浴びせ、その後に体を刷り寄せ馬乗りになって押さえつける振る舞いに、部下とのスキンシップ以上の何かがあるのかと勘ぐりたくなる。

 だからこの巻では、そうしたゼータ所長が見せる生態と、ゼータ所長がクロアの歓迎も兼ねて実施した模擬戦闘におけるクロアの戦いぶりを見て楽しむのが良さそう。監獄を襲撃する側に模せられたクロアら4人が、知恵を廻らせて難攻不落の監獄と、そして誰よりも強いゼータ所長を相手に挑んだ結果は? それは読んでのお楽しみということで。

 それにしてもゼータ所長、クロアが4人がかりで挑んだ模擬戦闘を、襲撃側となってたった1人で勝利したというからただ者ではない。赴任早々に先任者の悪事を暴き、自分が所長に座ったその目的も謎めいている。なおかつその麗しくも凛としたキャラクター造形。惚れちゃいそう。どちらに? どちらにも。


積ん読パラダイスへ戻る