軍師/詐欺師は紙一重

 神野オキナによる「軍師/詐欺師は紙一重」(講談社ラノベ文庫、660円)は、少年が異世界へと引っ張られて危機にある国を統べるまだ少女から頼まれ、持てる知識を活かして軍師となり、女騎士をパートナーにして戦場へと向かい策略を駆使して圧倒的な軍勢を翻弄するといった展開で、なるほど他に類例もありそうな作品がまた出たかと思わせながらも、細部のディテールが詰められていて、奇跡だとかチートだとか偶然と言った要素で片付けられない、リアルな危機への現実的な才能によるリアリティのある対処が繰り出されて、読んでいて呆れずむしろ引き込まれる。

 主人公の語利カタルは、ゲーム会社を経営していた父親の突然死で借金まみれになって家も財産もすべて失いそうになる。明日から路頭に迷う身だった彼が、祖父の残していた謎めいたリモコンを操作し本棚の隙間にある空間へと入り込むと、そこには不思議な部家があって、家になっていてそのまま異世界へと来てしまった。そしてやって現れたミノタウロスやドワーフから、祖父がその国で軍師として大活躍したことを聞かされ、なおかつミノタウロスとドワーフの間にあった問題を解き明かして信頼を得て、そこに迎えに来たラウラという女騎士に引っ張られてセリナスという国の王宮へと行き、若い女王のフェリアや母親で元女王の摂政から、祖父と同様に軍師となって国に迫る危機に対処して欲しいと頼まれる。

 いつも家にいなかったけれどもカタルにはいろいろと教えてくれた祖父がいて、カタルや父親の前に時々現れては金を残して助けたこともあったという。けれどもしばらく前が行方知れず。そして起こった父親の突然死に困っていたといった家族関係のバックボーンが割としっかりと描かれているところは、カタルという人間が異世界に行ってどう世界を見つめ、自分を分かって行動するかといった原理を支えていて、言動に唐突感を与えない。逃げても誰にも憚らないところを残って軍師としての仕事を全うし、元の世界へと戻る意志をカタルに持たせている点も、異世界へと来たカタルが単なるスーパーヒーローではなく、そして偶然にもうまくことを運んでしまうようなチートでもないと感じさせる。

 つまりは普通の人間であり、そして知恵と知識で難局を乗り越えていかなくてはならないという、物語のレベルを現実へと近づけ想像の余地を与える。だからこそ軍勢を率いて進軍してきたスウェニカのレヴィラ・バストーク公爵という女将軍を向こうに回して、カタルがどんな手段で戦うのかといった展開に、自分なりの考え方を想像してぶつけることができる。詐欺師とタイトルにあるからには口八丁手八丁で翻弄し、言質をとって退かざるを得ない状況へと追い込むのか、それとも知略をめぐらせ地勢を把握して、退くことが妥当と認めさせた上でそれを決断するための機会を与えるのか。

 力と力のぶつけあいでも知恵と知恵のめぐらせ合いでもない、カタルの側からすれば相手のスウェニカの国情を把握し、対立するマンタロムという国が抱く野望も感じてバランスをとりつつ、軍事的政治的経済的な情勢をすべて加味して、攻めてきたスウェニカが何もとらずに退ける状況を作り出す必要がある。スウェニカにしてもそこでカタルを殺害なり拉致して軍事力を削ること、いっきに攻めて占領した上でマンタロムと対峙するといった可能性を選ぶべきか否かを、カタルが見せるカードから判断する必要がある。

 そんな状況を作り出すために、しばらく前からカタルの側ではさまざまな仕込みを繰り広げる。それは一種の諜報戦。知らず絡めとられてそうだと思わされるようになっている。現実の世界を舞台にしたスパイものにも応用できそうなアイデアの数々を、異世界ファンタジーという物語の上で繰り出してみせたあたりに作者の才知が伺える。

 詐欺師というほどに騙しのテクニックは使わないけれど、ブラフは繰り出すし、場合によっては自分の身すら損なっても構わないといったカタルの戦術は、結果としてバストーク公爵たちを騙す。それでいて騙された相手も体面を保たれ自意識も満たされるといった不思議。こんな人間ばかりだったら世界ももっと穏やかに、そして戦争になっても泥沼になることなくスムースに進んでいくのだろう。

 とりあえずひとつの危機は脱したけれども、世界は混沌として別の国の動きも気になる。そんな中でカタルは祖父にも負けない軍師として君臨し、無事に元の世界へと戻れるのか。というかかつてないほどの勝利を幾度も得た祖父とはいったい何者だたのか。女王であり元女王の美少女で美女といった見た目の裏にあるしたたかさも気になるところ。造形の行き届いたキャラクターたちが織りなす知略と謀略と策略のストーリーが、続いてくれることを願いたい。


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