grey chamber
グレイ・チェンバー

 たとえば学園祭の時。旗振り役となってクラスをまとめようと頑張る生徒がいれば、子供には付き合ってられないと非協力的な態度を見せる奴がいる。しょせんは学校の行事、出なくたって命まで取られる訳じゃないというのも正直なところで、そんなシニカルな風潮が蔓延して、頑張ろうと張り切る人たちをスポイルしている状況が広がっている。

 だったらクラスが文字通り命がけで団結しなければならない状況に陥ったとしたら。小川一水の「グレイ・チェンバー」(集英社、762円)には、そんなシチュエーションに置かれた生徒たちがどんな思考をめぐらせ、どんな行動を取るのかが描かれる。県立雫森高校3年1組のとりたてて代わりばえのしない授業中、突然机の上にカエルのような怪物が現れて生徒たちに襲いかかって来た。なかの1人、級長の如月そよぎがそのカエルを椅子で叩き潰してしまったのが、後に襲いかかる大災難の始まりだった。

 怪物に襲われたそよぎを助けに飛び込んで来た、クラスとは無関係の男と女のペアが言うことには、怪物は監視階梯から組織化して来た2次体、すなわち情報連鎖で2番目のネイバーで、人間たちの体を乗っ取りにやって来たのだという。そして死に際のネイバーが撒き散らした情報片に引っ張られて異次元からやって来る別の怪物に、今度はクラス全員が狙われることになるという。

 監視階梯が何で情報連鎖かどういったもので、次元の異なる世界から来た2人組は一体何者なのかという説明はまるでない。襲われたそよぎが発していたという境界波の説明もやはりない。もしもネイバーが人間を乗っ取りに四六時中、監視階梯からやって来ているのだとしたら、世界はもっと混乱しているはずなのに、「グレイ・チェンバー」の世界では誰もが知っている訳ではなく、そよぎが襲われた雫森高校に限定の騒動にしかなっていない。タツミカゼと名乗った男に那岐はるみという女の属する正義の味方が影で活躍しているのかもしれないが。

 世界の巧妙な設定ぶりに納得させられるというより、物語はクラスが一致団結しなくてはならなくなった時に起こる、クラスの人たちの心理的な葛藤や友情、憎悪といった感情を浮かび上がらせるのが狙いのような気がする。怪物に襲われる世界は目的のために便宜的に作り出されたもので、SFやファンタジーの舞台や小道具を使った青春小説と言った方がニュアンスに近い。それも理想に高く意志に前向きな青春の賛歌に。

 クラスの全員がネイバーに襲われる羽目となったそもそもの原因は、そよぎが2人組の静止も聞かずに現れた怪物を殺してしまったことにある。挙げ句に情報片がバラまかれてしまってクラス全員の情報がネイバーたちに知れ渡ってしまった。そう聞かされて、普通だったら誰もが最初に思うのは、一致団結して敵と戦うことではない。原因となったそよぎを攻撃することだ。

 「グレイ・チェンバー」にもその場面は当然ある。クラスで1人、シニカルな態度を取っていた少女がどうして戦わないのかと詰問される場面で指摘する。悪いのはそよぎじゃないか、と。けれどもその場面は最初ではなく中盤以降。持ち出され方にも、クラスの誰もが気づいていたのに言ったらお終いになると分かっていて、なかなか言い出せなかったというニュアンスが漂っている。

 作者は理解している。していて敢えて一致団結する素晴らしさを軸にして物語を進め、指摘されてくじけた主人公が、仲間たちの呼びかけに答え思い直して頑張る姿を描く。起こってしまったことはこととして、今さらそよぎ1人を攻撃しても始まらないと立場を理解して、クラス全員が改めて一致団結していく。そんなプロセスから、非協力がカッコ良く見えるシニカルな風潮を超えて、ふざけ合いながらも協力して怪物と戦う生徒たちの明るさと強さが浮かび上がる。

 声高に正義を呼びかける訳ではなく、ほどよい抑制の中でそれぞれの立場や思いに納得できる理由付けを行いながらも、一致団結へと向けて物語をまとめていく盛り上げ方に筆の巧みさを感じる。沈み込んだそよぎが立てこもった部屋の汚れっぷりの描写のコミカルなリアルさも良い。青春物語にお約束の告白シーンには、こちらのほっぺもゆるみそうになる。

 そううまくいくものかと、なおもシニカルに構えるのも結構。現実の世界は一致団結して事にあたらなければならないほど危険に直面していない。そんな状況でまとまれと呼びかけるのは、大政翼賛な世情での挙国一致の欺瞞を思い起こさせてかえって逆効果だろう。ただ、何か事起きた時、それでもシニカルに構え続けることの虚しさにだけは気付いて欲しい。

 現実には払拭し切れないシニカルな感情にはどうしても気恥ずかしさが付きまとう。けれども読み終えた時、本当に気持ちが嬉しくなる物語だ。こんなクラスでだったら何度でも、学生生活を送りたい。シニカルではなくシリアスにそう思う。


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