ごあけん アンレイテッド・エディション

 スプラッター映画のことはよく知らない。良い物かどうかも分からない。観たくない訳ではないけれど、積極的に観たいという気もあまり起こらない。だって気味悪そうだから。そして怖そうだから。飛び散る手足。吹き上がる血飛沫。砕け散る頭蓋骨。そんな物体やら液体にまみれた映画を観て、感動を味わえるとはちょっと思えない。

 けれども世の中は不思議なもので、そんなスプラッター映画を好んで観る人たちが存在する。いったいスプラッター映画のどこを面白がっているのか。いったい何を愛でているのか。そこが知りたいと思ったら、百壁ネロの「ごあけん アンレイテッド・エディション」(講談社BOX、1300円)という小説を開くと良い。なぜならそこにはスプラッター映画に向けられた、とてつもなく深い愛の言葉がたっぷり綴られているから。

 血を見ると鼻血を出してしまう体質の散前千々之という女子が、入学したばかりの大学に行って校門で転んで恥じ入っていたところを、通りがかったイケメン男性に助けられ、起こされて鼻血が出てると指摘される。拭った手についた血を見て千々乃は即座に鼻血スプラッシュ! これで気味悪がられるかと思ったら、含野うるてという名の男性は動ぜず慣れていると言って、千々乃を教室とは違う場所へと連れて行く。

 そこはスプラッター映画をこよなく愛する者たちが集まった「残酷映画研究会」、通称ゴア研の部屋。張ってあった血まみれな映画のポスターを観て、また鼻血を吹く千々乃だったけれど、映画研究会とは違って部員数が少ないゴア研が、廃部の危機にあると知ってどうにかしたいと思うようになる。

 だったら部員になれば良いのにと、誰もが思うけれどそれは無理。部員になるには月に20本ものスプラッター映画を観て感想を書かなくてはならない。それが千々乃に出来るのか。ポスターを観ただけで鼻血を吹き出す千々乃が本編を観たら、それこそ体中の血液が鼻から流れ出し、部屋をいっぱいに満たしかねない。

 それでも知り合ったゴア研を見捨てたくないという思いで、ゴア研の部員で白郷香丹という名の特技はチェーンソーの真似という女性に連れられ、映画館に行ってスプラッタ映画を観て慣れようとする千々乃。そんな彼女のひたむきな姿に絡めて、スプラッター映画に関する知識が開陳され、部活の継続にかける部員たちのさまざまな作戦が画策され、部員たちの間に通う恋愛のドラマも展開されてといった具合に、大学を舞台にした青春ストーリーが繰り広げられる。時々血まみれになるけれど。

 そんなストーリーの上に、次から次へと出てくるスプラッター映画に関する情報の、どこまでが本当でどこまでが架空なのか分からないけれど、聞くとどこか面白そうで観たくなる。たとえば「ゾンビ・エンペラー」。暗い街並みをバックに筋骨隆々の覆面レスラーたちがポーズを決めた写真に「くたばりっぱなしジャーマン。」とキャプションが添えられたパッケージの映画の、どこがいったいスプラッターなのか。愛好必ずとも観てみたくなる。

 でも要注意。スプラッター映画は確かに血まみれでショッキングなのもあるけれど、見ていて眠くなるものも多いとか。つまりは退屈。スプラッターな場面だけが突出していていて、他はストーリーもなければ起伏もないという映画を、そこも含めてしっかりを味わい愛でることこそが、ゴア研の部員でいられる条件なのだ。

 極める以前に入り口に立つことすら大変なスプラッター道に挑む千々乃に道は開けるか。その前に出血多量で昇天か。そんな千々乃の頑張りに寄り添っていくことで、誰もがスプラッター映画の魅力に気づけるかというと、それはどうだろう。ゾンビは遅いか速いかで、つき合っていそうな男女の部員が口論になる世界だから。

 そんな男女が仲直りできるようにと、部員が集まってスプラッター映画に出てくるようなシチュエーションを作って盛り上げたり、少ないゴア研への関心を盛り上げるため、千々乃の特技の鼻血スプラッシュをフィーチャーした映像を作って流したりと、さまざまなエピソードが積み重ねられていく展開を、読み終えて誰もが思うだろう。青春って、大学って良いなあと。

 スプラッター映画に限らず、同じ関心を持って集まった同じ世代の者たちから放たれる、キラキラと眩しくて、ジワジワと熱くて、そしてウキウキと心躍らされるストーリーを読んで、これからそういう世界に向かう若い世代は期待に胸躍らせ、とうに過ぎてしまった世代は懐かしさに思いをはせよう。あるいはまだまだ若いと青春の熱を取り戻し、かつてのめり込んだ世界へと回帰するのも悪くない。幸いにしてネット時代、同じ趣味を語り合う場はどこにだって開かれているのだから。

 最大の懸案だったゴア研の存続は果たされたのか。スプラッター映画への強いこだわりからか、それとも気恥ずかしさからか、幼なじみでグラマラスな映画研究会の部長から好きだと言われ、ゴア研に入りたいと言われながらも拒絶し続けている土度見言来部長が恋にヨロめく時は来るのか。何より千々乃の恋の行方は。読んで知ろう、それらの行方を。読み終えて想おう。スプラッター映画って、本当に良い物なのかどうなのかを。


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