銀盤カレイドスコープ VOL.3
ペア・プログラム:So shy too−too princess

 彼女が還ってきた。その美貌を、その天才を、その高飛車ぶりをひっさげ氷のプリンセス、世界のフィギュアスケーターこと桜野タズサが還ってきた。おまけに今度はペアだって? ひとりでだってマスコミと喧嘩し協会から疎まれひとり浮きまくっている彼女なのに、別のスケーターと心通わせ動きを合わせ、華麗なユニゾン圧巻のリフトを披露しなくてはならないペアを、どうやったら演じることができるのか。そもそもどうしてペアなのか。

 知りたかったら買って読め。海原零の「銀盤カレイドスコープ vol.3 ペア・プログラム So shy too−too princess」(集英社スーパーダッシュ、590円)を小説好きなら絶対に。発売されるやヤングアダルト小説の世界に局地的な嵐を巻き起こしては、程なく全読書会を包むモンスーンへと拡大し、売れ行き好調(推定)アニメ化企画進行中(希望)とメジャーへの階段を駆け上がりつつある「銀盤カレイドスコープ vol.1.&vol.2」(集英社、各571円)。その中で我らがヒロイン桜野タズサは、悪口雑言罵詈雑言の嵐にも負けずむしろそれに倍増す高慢ぶりを世に見せつつも、実はしんしんと身を圧していたプレッシャーを偶然か奇蹟か、心に宿った”救いの神”だか”仏”だかによって和らげられ、支えられて乗り切り見事フィギュアスケート女子シングルの世界で栄光を掴む。

 そして登場の「vol.3」。スポンサーを得てロサンゼルスの高級アパートに住むセレブの地位へとプライベートでは上り詰め、アスリートとしても世界で10指に入る名コーチを新たに迎えて次なるメダルを狙っていたタズサに新たな出会いが訪れる。ちょっと前。クリスマスシーズンのマンハッタン。張られた屋外リンクの上で繰り広げられていた「マスカレード・オン・アイス」に気まぐれから参加した桜野タズサは、そこで自分と同じフィギュアスケーターと出会いペアで滑っていい気になった。なったけれどもタズサには心に今も”アイツ”の想い出があって、恋とか愛とかいったものへと向かうことなくその場はそれでお別れとなる。

 しばらく経ったロスのリンク。同じコーチの指導を受けにやって来たペアの男性の顔にタズサは見覚えがあった。「マスカレード・オン・アイス」。禁じ手を破って見た男性スケーターの顔がそれだった。もちろんそこは知らないふりして我関せずを決め込んでいたタズサだったが、ペアの女性が事故で怪我をしてしまったことをきっかけに、残された彼オスカー・ブラックパールとペアを組んでフィギュアの大会に出ると言い出す。

 何しろあの高慢ぶり。自己中ぶり。ひとりだったらそれが輝きとなり個性となって観客を魅了してもペアでは逆に相手を殺し、調和を乱してユニゾンを乱しリフトをぐらつかせる。おまけにあの悪口ぶり。ペアの意外な難しさ、リフトやジャンプの怖さから起こした自分のミスをミスと認めず、オスカーに責任を押しつけ彼との仲を、ペアのパートナーにあるまじき険悪なものにしてしまう。なおかつ心に残る”アイツ”との想い出。高慢と悪口の殻で覆ったその奥で、ぼうぼうと燃えている純情で純真なタズサの気持ちがオスカーとの関係をどこかぎこちないものにしてしまっている。

 いつまでも上達しないタズサとオスカーのペアを後目に、タズサとは犬猿の仲にある女子スケーターのドミニク・ミラーまでもがペアに転向して、タズサ・オスカーを遙かに上回る演技を見せる。焦りから生まれた神への雑言によって、日本のみならず世界のメディアも敵に回してしまったタズサに迫るかつてないプレッシャー。けれどもそこは桜野タズサ。世界のフィギュアスケーター。前作にも増して見事な成長ぶりを見せてくれ、苦闘と挫折と罵詈雑言の果てに来る、感銘と感動と感涙の渦に浸らせてくれる。

 ある種ファンタジックな要素もあった「vol.1」と「vol.2」のストーリーとは一線を画して、オール現実のストーリーとなった「vol.3」。おとぎ話の王子様、歌番組のアイドル歌手、テレビのヒーローに惹かれ憧れる”子供の恋”をどうにか卒業したものの、今度は生身の男性を前に恥じらいとまどう”乙女の恋”を描いた物語とも言えそう。もちろんそこは毒舌プリンセス。恥じらいを悪口に変えとまどいを暴力に転じては、屈折と反骨にあふれた”乙女の恋”で楽しませてくれる。

 気になるのはやっぱりこの次。どんな活躍を見せてくれるのだろう。そしてどんな恋をするのだろう。順番だったら甘い”大人の恋”になるはずだが、やっぱりそこは「フィギュアスケート史上、最も強く美しいプリンセス、桜野タズサ。この私とつりあう男など−この世に存在しない」(278ページ)。ならば良し。今再び、三たび四たびの試練を乗り越え世界を宇宙を敵に回してひとり遙かな高みへと駆け上がっては、下僕たる読者を蹂躙してもらいたい。待っています。


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