トイ・シティ・ロイヤーズ
玩具都市弁護士

 政府によって数学が学校のカリキュラムから除外されてしまった社会といったものを想定し、そこに数学こそが至上と叫ぶ数学者を筆頭としたテロ組織を出現させては、数学好きならではの数学が絡んだ事件を起こさせ、それを学校では学べなくなっているにも関わらず、個人として数学が大好きな女子中学生を探偵役に据えて挑ませるという小説が「浜村渚の計算ノート」というシリーズだ。

 現実に起こり得るかというと難しいものの、仮に起こったらといった想定から世界を組み立て、そんな世界ならではの事件と謎解きを描いてみせて、40万部という売上げを記録して、今もじわじわと人気を広げている。そんな「浜村渚の計算ノート」シリーズを書いた青柳碧人が得意としている節があるのが、このシリーズも含めた架空の、そして驚きの設定の中で起こる事態を描きつつ、そんな世界に生きる者たちならではの生き方を示すことだ。

 例えば「東京湾海中高校」(旧「千葉県立海中高校」)という作品では、東京湾の海中に高校があったら、どんな感じの暮らしがそこで営まれるだろうと想定し、それを実現させた社会は、どういった状況になっているのだろうといった設定を描いて見せた。「ヘンたて」というシリーズでは、あり得ない形状の建物がたくさん存在して、そこで発生する不思議な出来事にヘンな建物ばかりを探求している大学生たちが挑むという設定を繰り出した。

 奇想天外ではあっても、仮にあったとしたらどれだけユニークな舞台なり世界がそこに現出して、どれだけ面白いドラマがそこで繰り広げられるかを示して見せ続けて来た青柳碧人という作家が、新たに創造した舞台が玩具でいっぱいの街、それもAIを搭載して放逐された玩具たちの吹きだまりとも言えるバッバ・シティだ。

 「玩具都市弁護士 トイシティロイヤーズ」(講談社タイガ、720円)に登場するそのバッバ・シティという街は、人工知能(AI)を持った玩具たちが一時期世間で大流行しながらも、時の流れの中で古いものからうち捨てられていく中で、捨てられた玩具たちが廃墟のような街に集まることになり、そこに人間社会からつまはじきにされた人間たちも集まるようになって、生まれた暗黒街といったところ。

 とはいえ、殺人も強盗も何でもござれというわけではなく、AIを搭載した玩具たちは一応は人を殺せないようプログラミングされているし、人間だって知性を持った玩具を破壊して回るようなことはしない。そして玩具同士の争いが起これば、バッバ・シティの中にガーディアン・エンジェルとして組織された、独自の司法機関「BIG−BOX」に所属する“天使”たちが出てきて捕らえて裁く。そこにはだから弁護士という存在も必要とされる。

 主人公のベイカーがまさにその弁護士て、バッバ・シティでパン屋を営みながら求めがあれば弁護の仕事を引き受けている。どうしてパン屋なのかは不明だけれど、小麦などの素材やこね方、焼き方へのこだわりを見るにつけ、弁護士よりもパン屋が本業のようにすら思えてくる。

 そんなベイカーに弁護士としての依頼が。手に泡立て器を装備したキャプテン・メレンゲを筆頭に、調理玩具たちが集まったギャング団ならぬ玩具団<ゼリー・ロジャー>がやって来て、部下のロジャーというコルク抜きが犯人として捕まった事件の弁護を頼みたいと言って来た。とある施設で倉庫番をしていた時に、そこで会計ソフト玩具が破壊されてロジャーに犯人としての疑いがかかったという。

 最初は受ける気がなかったけれど、キャプテン・メレンゲらが作った美味しい料理を食べてしまい、その勢いで依頼を受けてしまったたベイカーは、直前に街で絡まれていたところを助けたミズキという名の眼鏡をかけた女子学生も連れて調査に赴く。

 玩具の街だけあって、ロジャーが働いていた倉庫は豚の貯金箱が巨大になった感じで、ドアが閉められても上にコインを投入するような形をした細いスリットは残っている。とはいえ、そこから普通の大きさの人間や玩具は進入は不可能。だったら小さい玩具はどうか。ベイカーとミズキによって推理と思索が重ねられた果てにたどり着いた結論が、ユニークだけれど一方で状況にかなっていてなるほどとうなずける。

 以後、ベイカーとミズキはペアを組むような形で、野球盤が巨大化したようなスタジアムで繰り広げられる、玩具たちによる野球の試合で2塁ベースにランナーが突っ込んだとたんに爆発が起こったり、部屋で爆弾作りを営んでいた女性が毒によって死んでいたりといった事件に挑んでいく。いずれも玩具の街ならではの現実とはかけ離れたシチュエーションの中で、関わる者たちの玩具ならではの思考や行動のパターンを勘案しながら、事件が解き明かされてていく展開を楽しめる。

 たとえ異色であっても、その世界ならではの条件を与えられた状況で、散りばめられたヒントから推理して結論へとたどり着くミステリとしての楽しみ方があり、玩具たちが進化しつつうち捨てられた世界が、どのような雰囲気になっているかを想像して示すSFとしての面白さもある小説。アイザック・アシモフによる、ロボットが溢れた世界で起こる殺人事件を描いた「鋼鉄都市」を始めとしたシリーズに連なるSFミステリと言えるかもしれない。言えないかもしれない。

 いずれにしても驚天動地の設定に、なるほどやられたと簡単できる作品であることは確か。ミズキがどうしてバッバ・シティなどという危険ば場所にひとりでやって来たかも分かり、そこから大きな事件に迫っていくような展開がまずは楽しめそう。検察側に相当する“天使”たちとの戦いとも、共闘とも言えそうな関係がどう進むかも興味を誘われる。そして何より、どんな玩具的想像力が炸裂した事件が次に繰り出されるのかも。前がそうなら次はこれかと想像しつつ、解決編にそう来たかと驚ける時を待とう。


積ん読パラダイスへ戻る