フラワーガーデン
FLOWER GARDEN

 空だって飛べるし、湖の水だって飲み干せちゃうのが「夢の世界」の良いところなのですが、無意識のなせる技ゆえ、当人が願っているほどには、希望するシチュエーションを見せてくれません。落下する恐怖を味わいながら空をじたばた飛んだところで、目覚めた時に残るのは、感動なんかではなく、シーツをぐっしょりと濡らした冷や汗くらいです。ほんと融通が利きません。

 見たい夢を見たい、それは人が夢を見るようになって以来の永遠の「夢」なのでしょう。だからこそ人は、見たい夢が見られるように、いろいろなおまじないを考えたりするのです。なかでも関心が高いのが、夢の中で好きな人に会えるようになるっておまじないでしょうね。

 もしも夢の世界で出会えたら、こんなに素敵なことはありません。現実の世界では恥ずかしくて口にできないあんな言葉も、気後れして言い出せないこんな言葉も、夢の世界だったら言えそうな気がします。けれども、いくら夢の中で好きな人に出会えたといっても、結局は自分だけの経験でしかありません。自分と好きな人がともに同じ夢を見て、そこでの経験を現実世界でも共感しているってことになって、はじめて夢で出会う意味があるのです。

 遠野一実さんの「フラワーガーデン」(スコラ、500円)に収録された短編は、その「夢で逢いましょう。」というタイトルそのままに、夢での出会いが、現実世界に好ましい影響を与えてくれたらってモティーフが描かれています。主人公は少女小説界のプリンスと呼ばれる作家の木村天(たかし)。新しい小説のテーマを探しに、担当編集者と連れだって、園芸センターにある巨大温室へと取材に出向いた天は、長い間の夢だったんだと言って、温室の池に浮かんでいたオニバスの乗ろうとして、「バッシャーン」と池に落ちてしまいます。

 夢はかなわず、帽子を目深にかぶった案内人の女性に怒鳴られてしまう天ですが、夜になってマンションで小説を書いている最中、寝入ってしまって夢の中でオニバスの上に座っている自分を発見します。気がつくと正面には、同じようにオニバスの上にすっと立った、髪の長い女性がいます。「作家さん あなたまた 性懲りもなく!」。そう言って三田ゆり子と名乗った彼女が、昼間大温室を案内してくれた女性だったと、天は気づくのですが、翌日街で見かけた現実のゆり子に声をかけても、あまり芳しい感触は得られません。

 夜毎に見る夢のなか、オニバスの上で語らう天とゆり子ですが、忙しい作家の天と、人見知りの激しいゆり子は、現実世界でなかなか接点を持つことができません。同じ夢を見て、そのなかで語らい親近感を抱きキスまでしてしまう仲なのに、夢は夢で現実は違うといった観念があるのでしょうか、現実世界で2人間に横たわる、溝をなかなか埋めることができません。

 やがてゆり子にお見合の話が持ち上がり、気乗りしなかったゆり子が夢の世界で天クンに助けを求めてそして・・・・。とまあ、後は予想どおりの結末なのですが、だからとって安易だとは決して思いません。「夢で逢えても」結ばれない悲しい結末よりは、「夢で逢えたら」後は素敵な結末が待っている方に、たとえ「夢」だと嘲られても、強いあこがれを抱きます。

 さて、単行本の表題作になっている「フラワーガーデン」の方ですが、これは「ヤングベルベット」という雑誌に3回分だけ掲載されて、雑誌の休刊とともにキャラクターともども闇の彼方へと忘れ去られそうになっていた作品です。潰れた雑誌の3本の16ページものが、普通だったら単行本になるはずはありませんが、作者の思いも編集者の思い入れも強かったのでしょう。18Pの描き下ろし3本を加えて全6話とし、さきほどの「夢で逢いましょう。」と、「別冊フレンドDX」に発表された「Black Chcolate」を足して、ようやく1冊の単行本として刊行されました。

 酔っぱらうと見境なく、いろいろなものを拾って来てしまう一人暮らしのOL、薔子(そうこ)がある朝目覚めると、隣に裸の美しい少年が寝ていました。自分ももちろん裸です。何かしたんだろうかとびくびくしながらたずねると、薫と名乗った少年は「した。」ときっぱり答えます。会社には松田さんという「いいひと」がいる薔子なのに、「した」という既成事実が気になってか、家に居座った薫のことを無碍に追い出せずにいます。

 松田さんのことが気になっても、その度に薫や、松田さんの取引先のご令嬢で、少女漫画家の「御所車先生」のじゃまが入って、なかなかタイミングが会いません。そうこうしているうちに、再び酔っぱらって2人で目覚める朝を迎えて、25歳の薔子と16歳の薫という9歳離れた2人が、のっぴきならぬ関係へとハマっていってしまいます。

 シリアスにすればどこまでもシリアスになるテーマですが、薔子が結構カラっとした性格だったり、遠野さんの絵柄が時にコメディー・タッチになったりしていて、全体に明るい雰囲気が漂っています。「君の名は」のようなスレ違いの雪崩落としを積み重ねていけば、いくらでも描き込めるテーマなのに、連載でなかった宿命で、わずか3話の付け足しで終わって完結してしまったのは、薔子というキャラクターが結構好きだっただけに、とても残念に思います。どこかで復活ってことにならないかなあ。




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