メタモルフォーゼの縁側

 結婚をしていて、子供も産んだ女性は75歳だからといって決して純潔ではないし、恋愛に純粋でもない。むしろさまざまな経験をしていて、恋情といったものの機微をじっくりと噛み分ける舌を持っている。そう考えるなら、BLという、男性と男性による関係が描かれたカテゴリーの作品でも、読んで忌避するということはなく少し違った関係を描いたものだとして、認めて受け入れても不思議はない。

 織田信長と森蘭丸の衆道な関係に理解が及んでいるからとか、三島由紀夫が「仮面の告白」なり「豊穣の海」4部作に描いたような同性間の恋情に文学などで触れてきたからといった理由を立てることも可能かもしれない。もっとも、そうした日本の伝統的な関係性への理解が一般的ならば、保守と呼ばれる人たちにどうしてLGBTのような関係性に対して異論を唱える動きがあるのかが分からなくなる。

 だからやはりそれは、恋愛という行為に対して抱くポジティブな理解、異性間であっても同性間であっても互いに思い思われる関係性に対して、前向きに捉えようとする意識の有無が重要なのかもしれない。その意味で、鶴谷香央理が「メタモルフォーゼの縁側 1、2」(KADOKAWA、各780円)に登場する75歳の老婦人、市野井雪は恋愛に頑張る誰かには無条件で応援したくなる感性が、より強く備わっていたのかもしれない。

 2年前に夫が亡くなり、今は自宅で書道教室を営みながら日々を送っている市野井雪がふらりと立ち寄った書店で見かけたのは、きれいな表紙をした1冊の漫画。過去には「ベルサイユのばら」とか「エースをねらえ!」といった漫画を読んでいたこともあり、漫画そのものに対する忌避感はなかった。だからどういうカテゴリーの物かは意識せず、漫画ということで買って家に戻って読み始めてBLすなわちボーイズラブの作品だと気がついた。

 同じ書店で2巻も買って3巻も探すくらいだから相当に気に入った様子。もっとも、応対した17歳のアルバイト店員、佐山うららが探しても在庫はなかった。佐山は市野井には注文を依頼しつつ、家に戻って仕舞ってあった箱からその漫画の第3巻を取り出し、読み返しながら市野井に対して関心を抱くようになっていく。

 最初は客と店員として接していた2人。それが、BLというカテゴリーの作品を通してだんだんと近づいていく、というのが「メタモルフォーゼの縁側」のだいたいのストーリー。読んで気がつくのが、75歳と17歳という歳の差が58歳もある2人が共にBLを嗜んでいる状況に、まったく違和感がないことだ。佐山の方は年齢からBLにハマっても不思議はない。一方で、市野井がBLに手を伸ばし、読んで抱く感慨にもしかしたら若い人たちが嗜むキワモノを上から目線で愛でるような感じが漂っているかもしれないと、読む前に誰かが思っても不思議はない。

 けれども市野井は純粋に、作品に登場するキャラクターたちの関係を応援したいと思ってBLの漫画を読み、そして絵が綺麗だからといって同じ作者の本に触れていく。その意識は、女性が読むものを別に気にしていないと言い訳して手にして嗜んでいる男性よりも、ストレートでシンプルだ。もちろん男性にも、BLに描かれる関係性を純粋に応援したいと思うなり、同じ嗜好の自分に重ねてみるなりして読む人もいる。それでも“腐男子”とカテゴライズされてしまう苦衷を、75歳の老婦人は感じないで済んでいる。

 もしかしたら、市野井が佐山と接触して交流を始めるきっかけが、BLでなかったとしても話は成立したかもしれない。ただ、75歳の老婦人がBLを手にしたことで、17歳のどこか奥手な女子高生が、人生をある意味で極めた人間と交流を持ち、人生に新しい道を拓くことになった。そうなるためには、佐山が嗜んでいて詳しいBLを市野井が手に取り好きになる必要があった。繋がりの鍵がBLであったことは、ひとり身になってしまっていた市野井の無聊を慰める以上に、青春のもやもやの中にいた佐山の足を踏み出させる意味があった。

 「メタモルフォーゼの縁側」はだから、若い世代が自分に自信を持って未来に向かおうとする勇気を与えてくれる物語だと言える。佐山が歩み始めた道がどこに繋がるか。描かれないとしても興味を引かれる。もちろん、老いた世代が新しい文化に触れて気持を若くする道を示してもいる。ただそれは、若い人たちが嗜んでいる文化に固定観念で凝り固まった意識を持ちこんで攪乱することにも繋がりかねない。そうではなく、純粋にまっすぐに文化を、それらを嗜んでいる世代の意識も含めて受け入れる覚悟を求められる物語だとも言える。

 とはいえ、17歳と75歳では残された時間が違う。そこからの10年を完結するまで待つことは、75歳の老婦人には困難が伴う。作者に直接、もっと早く続きを描いてとお願いしてしまった無礼は無礼としても、そういう意識を持って続きを待つ人がいることを、描き手たちには感じて欲しい。そんなメッセージも持った物語だ。


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