エンド オブ スカイ

 人気の「彩雲国物語」シリーズを手がける雪乃紗衣による「エンド オブ スカイ」(講談社、1700円)は、少女向けのファンタジーの書き手といったいった印象をまるで吹き飛ばすように、どこまでもストレートな近未来SFとなっている。あるいはバイオSFか。

 22XX年の世界はゲノム編集をし尽くしていて、人類が古来※持っていた病気だの知性だのに影響するような遺伝子をすべて「正常」にしてしまっていた。本格的にゲノム編集が始まってもう3世代目くらいになっていて、人類は病気もしなければ老いもそれほど見せないまま、全世界に溢れてが繁栄を謳歌していた。

 そんな時代の香港島に、まったくセンサーに引っかからない少年が現れ「幽霊少年」と呼ばれ騒がれるようになっていた。そして、香港にある学術機関に所属する遺伝子工学の権威というヒナコ・神崎博士が、暮らしていた研究施設を抜け出してネオ香港へと舞いよい込んだ時、その「幽霊少年」と出会ってしまった。

 ゲノム編集をされたかどうかに関わらず、人間だったら食べればすぐにでも死んでしまいそうな“汚染”された海の魚でも、捕まえては焼いて平気で食べる少年に驚いた神崎博士。自身も薦められ、食べて死ぬかといった覚悟を決めたものの、体調を少し崩しただけで澄んだ模様。けろりとしている「幽霊少年」については、調べてまったく遺伝子の改変が見られないことが分かった。

 父母の系譜を遡ってもそれは行われていないようだった。もはや世界にそんな人間など存在していないはず。だったら少年はどこから来た? どうして香港島に出現した? そんな謎がまずは浮かぶ。

 さらにもうひとつ、香港に限らず世界で発生し始めていた“霧の病”と呼ばれる、まったく正常に見えた人が突然に倒れて、半日と保たずに死んでしまう現象が、急速に広がり始めていた。珍しい奇病だったものが、次々と発生するようになってあらゆる人たちを飲み込んでいく。神崎博士が親しくしていた、女性ではあっても男性の姿にも変身するスタイリッシュな生物学者、ジーンも死んでしまった。

 神崎博士の母親が長く研究をしながら解き明かせなかったはずの、“霧の病”。その原因をつきとめ打開するための道筋に、ハルと名付けられた幽霊少年と、ヒナコ・神崎との交流が関連してし、世界の行く末に大きな役割を果たすことになる。そして明らかになった原因が、人類の行いに対してある種の警句をもたらす。

 人は人としての遺伝子を持って生まれ受け継ぎ人を繋いでいく。それが途中で遺伝子操作によって変えられても、それはやはり人なのかといった疑義がある。人が人として遺伝子を受け継ぎながら世界と適応してきたのなら、それはもはや切り離せないものではないのかといった見解もある。つまりは……。

 そんな科学が放つ表と裏の様相を突きつけられる物語。“霧の病”の真相から、人は科学を責めるかもしれないけれど、それでも必要だった時代はあたっち人もいた。それなら……。いろいろと投げかけられる問いに、科学を進化させる人類はこれから答えていかなくてはならない。この小説「エンド オブ スカイ」を手本にして。

 あと、まったく改変されなかったハルの遺伝子の謎であるとか、ヒナコ・神崎の出生とその身心への驚きであるとか、最後にいたっても驚かせてくれる部分が多々ある。本編が終わったあとのエピローグ的な掌編の中に描かれたそれらの答えは、本編から漂う頽廃と絶望の香りをとばしてある種の幸福感をもたらしてくれるだろう。読まなくても人類の滅亡への物語として楽しめるからそれはそれで。


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