ビースト
獣ハンター“エミ”Beast Hunter Emi


 絶滅に瀕している動物を保護する意味っていったいあるんだろうかと考えるのは、決して不健全なことじゃない。なぜって過去にモアでもニホンオオカミでも、絶滅したことによって地球が何か大きな影響を受けたって話は聞かないからね。食物連鎖の大事な部分を担うだけの力を持たなかった、持てなかったからこその絶滅だって、言ってもそれほど大きく的を外しているようには思えない。

 考えてみたら良い。例のトキ騒動。新潟県で生まれて大メディアが連日大きく取り上げたトキって、結局は中国産のトキが日本に来て中国産のトキの子供を生んだだけでしょ? それをあたかも日本産のトキが生き延びたかの如く騒ぐんだったら、日本に連れてこられた外国の人が孫の代になっても選挙権を持てないでいることの方を、おかしいと叫ぶ方が先だよね、まったく。

 戻って野生動物の保護についてだけど、絶滅しても良いなんて考えるのは、人間の傲慢だって言われれば確かに傲慢には違いない。けど傲慢でなにがいけないの? すでに牛や豚や鳥を毎日殺して食べている人間が、ことさらに絶滅に瀕している動物だけを守らなくっちゃいけない意味って、結局、高みに立つ存在が与える傲慢の裏返しの”慈悲”でしかないじゃない。可愛そうって言うなら蚊取り線香を燃やすのだって可愛そう。多いか少ないかで生命に貴賤をつける方が、よっぽど傲慢だと思うけど。

 そうやって見ると「獣ハンター“エミ”」(松浦秀昭、朝日ソノラマ、530円)を読んだ時に、登場する人たちの中にあって「WWP(世界自然保護警察)}という組織から派遣された男性捜査官・カーレスの行動原理だけが理解できないものに写る。アフリカにあるインデント共和国にやって来た彼の仕事は当然のことながら密猟組織の摘発で、現地の警察署に間借りしてこれから捜査に乗り出そうとしてる。けどどうして彼が動物を守ることに一生懸命になるのかってな気持ちの部分の説明はない。

 本心から動物が好きなのかもしれないけれど、だったら動物を脅かす人間をバンバン殺しちゃうのは正しいことなんだろうか。同じ命を自分の思想によって善悪に分けるなんて、これを人間の傲慢と言わなくって何を言えばいいんでしょ。むしろ単なるお仕事なんだって考えれば、まだ理解しやすいけれど、だったら余計「WWP」の意義も含めて動物愛護のお題目が空虚なものに見えてくる。

 一方、主人公で動物写真家で実はビーストハンターのミタ・エミの場合は、父親の、育ての親の復讐のために密猟組織を追いかけているんだから動物愛護を標榜するに十分な理由がある。カメラマンとして世界を叉に活躍し、密猟者たちを困らせれば敵対する密猟者たちが集まってくる。仇としている世界有数の密猟ギルド「C.Z.K(シー・ズー・クー)」も当然ながら寄って来るからそこを一網打尽にすれば良いって訳、だよね。

 エミがインデント共和国にやって来たのも、半分は仕事(カメラマンとしての)のためだったかもしれないけれど、半分は密猟ギルドと接触して情報を聞き出し仇を討つための活動の一環だったはず。そして狙いはズバリと当たり、「C.Z.K」の幹部と出会い総会へと乗り込み期待どおりに大暴れを繰り広げる。どこで覚えたかWWPの捜査官も凌駕する圧倒的な銃器の知識(はたぶん作者の趣味のあらわれなのかも)でもって追いつめようとする幹部たちの銃器を奪い、何10人も相手にしながらばったばったとなぎ倒す、いや撃ち倒す。

 そんな戦闘シーンの迫力とか、エミが砂漠で足踏みしている時のユーモアを交えたエピソードとかはなるほど「第2回ソノラマ文庫大賞」を受賞した作者の力量が存分に発揮されている。後半の近代科学をちょっぴり超えるようなガジェットが登場するあたりにやり過ぎてるかもって気も起こるけど、物語の面白さという点ではむしろプラスに働いている。遺伝子操作で獣人が生み出せるんだったら、密猟なんかしなくっても像でもライオンでも虎でも何でも培養すればいーじゃん、とは思うけど。

 でも、いわゆるスパイ物ゲリラ物のように人間vs人間の解りやすい構図での戦いと違って、動物愛護を基本的なテーマに何のてらいも無くすえていることが、分かりやすさと目新しさを感じさせてくれる以上に、妥当性への疑念を浮かばせてしまう。動物を護ることの意味。それを愛玩とか慈愛とかってな耳障りの良い言葉じゃなくって、地球規模でも宇宙規模でもなんでも構わないから訴えて欲しい。それは動物愛護を正当だと思っている心優しい人たちに、嫌味な突っ込みをかわして前向きに正統性を主張させる、心の支えになるはずだから。

 次があるかは知らないけれど、あるならそんなことも含めて、どうしてああまで銃器に詳しい美女が出来上がったのか、とか全身サイボーグになりながらもエミの尻を追いかけることに熱意を燃やすカーレスの哀しき男の性とかを、小菅久美さんの描く精悍な(インターミッションではちょっぴりカワいい)エミのイラストも合わせ、もっともっと読ませて見せて、そして楽しませて下さいな。


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