英国幻視の少年たち ファンタズニック

 「クールでタフな男と、幸薄い少女との逃避行を描いたハードボイルド小説といった体裁は、男性をメーンにしたティーン層に限らず、女性も含めた一般層の支持も集めそう」だと、「『このライトノベルがすごい!』大賞」の優秀賞となったデビュー作の「R.I.P.天使は鏡と弾丸を抱く」(宝島社)について選評で書いてから幾年月。新人賞の募集は止まり、レーベルの方は続いていても刊行点数は決して多くない中で、作者の深沢仁はあちらこちらへと出向いては、さまざまなジャンルの作品に挑戦している様子。  その1冊、ポプラ社から出た「英国幻視の少年たち ファンタズニック」(ポプラ文庫ピュアフル、640円)は、少年たちが不思議な現象に出会うというライトノベル的な雰囲気を持ちつつも、英国が舞台の幻想小説めいた雰囲気も漂っていて楽しい上に奥深い。

 日本でいろいろあって、英国にいる鞠子という名の伯母の家で暮らすようになった大学生の皆川海。そこに人を道の迷わせる妖精が現れ、そうした存在の面倒を見る英国特別幻想取締報告局に所属する少年ランスがやって来て、まずは妖精退治……とはならずなぜか妖精助けをしてしまう。

 スーと名付けられた妖精が見ほれた天使のレリーフが入った壺を、カイの伯母はアンティークとして日本に発送して売り払おうとしている。それをスーは嫌がっているけれど、伯母には妖精が可愛そうだからといった配慮をするような情はまるで見えない。

 甥のカイにすら働かざる者食うべからずといった具合に、家事の一切を任せるほど。そんなクールな伯母に対して何か思うところでもあっのか、自身も別に妖精の面倒を見る義理はなく、道に迷わされたりして迷惑を被っていカイが、何とかしてあげたいと伯母を出し抜く方法をランスといっしょに考える。

 ランスだって所属する組織の役割からすれば、妖精がずっとレリーフの天使を目で続けられるようにする必要は無く、むしろさっさと壺を輸出して、妖精をどこかに追いやるのが本来の職務であるにも関わらず、こちらも思うところがあってか、カイといっしょに策を練る。そしてどうにか成功、といったエピソードから始まって以後、カイとランスはファンタズニックと呼ばれる妖精やら怪異を相手に向き合っていく。

 ペアの妖怪ハンターといった面持ちだけれど、カイにはそうした知識もないし意欲もない。ただ体質なのか、歩けば怪異に行き当たってしまうようなところがある。結果、ドッペルゲンガーに出会った男の面倒を見たり、大学の中にある沼地に暮らす妖精たちを相手に戦ったり、別の妖精を助けたりする繰り返し。そこに吸血鬼が現れ魔女までやって来る。

 カイとは大学時代に知り合いだったらしい日本からの女性の幽霊も、はるばる海を越えて参戦。こうなると次は狼男がフランケンシュタインか。そう思いたくもなるけれど、いずれにしても第二の目という、幽霊が見えてファンタズニックとも触れあえる力を持ったカイは、スーが普通に見えてしまうし、日本からやって来た女性の幽霊とは会話までできてしまう。それが力になるというより繋がりとなってピンチをしのぎ、妖精も人間も救っていく。

 ラストにちょっとしたスペクタクルもあって、意外な展開とそして力のぶつかり合いが起こって、カイもランスも吃驚仰天といったところ。まさかあの人が。そしてどうにか事態は収まったものの、吸血鬼はいるし魔女は影響力を残しているし妖精は居残ってカイを道に迷わせる。そんな境遇がこれからも続く中で、いったい何が起こるのか。中で2人は何と会う? 続きが楽しみだ。

 日本だって道を歩けば怪異に妖怪に幽霊に化物のオンパレードだから、英国がとくに凄いといった訳ではないのだけれど、妖精に迷わされたら服を裏返しに着るといったしきたりや、妖精に名前をつけると嫌がって出ていってしまうといった言い伝えは、ファンタジーの長い伝統を持った国ならではの描写と言えそう。そんな作法がいろいろと繰り出されて勉強になる。そんな物語だ。


積ん読パラダイスへ戻る