エーコと【トオル】と部活の時間。

 しゃべる人体模型といえば、歩く骨格模型と並んで理科実験室における怪奇現象の双璧だけれど、見た目のグロテスクさで生徒たちを恐怖に陥れているかというと、気恥ずかしさを抑えて全身を中身までさらけ出す、ユニークでユーモラスな存在としていじられかわいがられている印象がある。例えば長編アニメ映画の「放課後ミッドナイターズ」とか。

 もっとも、存在自体は超常的なものといった位置づけがほとんどで、もしもしゃべる人体模型なり、歩く骨格模型なりが登場する話があったら、伝奇的な意味でのミステリーだと、たいていの人が思うだろう。

 それは電撃小説大賞で銀賞を取った柳田狐狗狸の「エーコと【トオル】と部活の時間。」(電撃文庫、590円)も同様。ある“事件”を起こして生徒たちから距離を置かれるようになった【エーコ】という名の主人公の少女は、それでも部活をしなくてはいけない校則に従って、たった1人の化学部員となって第二理科準備室へと赴く。

 そこにいたのがしゃべる人体模型。変声機を使ったような声を発して、自分を【トオル】だと名乗って、何かと【エーコ】に絡んでくる。化学部には雪村純白というまだ新米の女性教師が顧問についていて、【エーコ】に嫌われても避けられても、逃げないで化学部に顔を出そうとする。そんな彼女が来た時も、やっぱり【トオル】はしゃべろうとして、これは拙いと【エーコ】は黙らせ雪村先生に気付かせないようにした。

 これはやっぱりホラーなの? それとも現実が舞台のミステリー? どちらともつかない、ふわふわとした居心地の中で読んでいける感覚を味わえるのがひとつの特徴。その一方で、【エーコ】に絡んで来た同じ学校の少女たちに、これも超常現象ととられそうな事件が起こり始めてサスペンスの様相すら浮かばせる。

 委員会の集まりで教室にいた少女が、カーテンを開けた途端に燃え上がって大やけどを負い、それから体育で校庭にいた少女も、まったく火の気のない中で燃え上がって倒れる。そう聞けば、思い浮かぶのはいわゆる人体発火もの。虐められた【エーコ】の思念が爆発して、少女たちを内側から燃やし尽くしたのではないか。

 ここでもまた、ジャンルを決められない当惑と、それならばと自分で真相を探ろうとする意欲が沸いて、展開への興味をあおり立てる。物語が進むに連れて少しずつ示される証拠といえそうな材料と、理由になりそうな人間関係が、ミステリーとしてのニュアンスを色濃くさせて、ラストへと連れて行ってくれる。

 今の学校で起こりがちな、ひとりの弱者を見つけだしては生け贄のようにしていじめ抜き、追い込むことによって、ほかの大勢が居場所を得る階層ゲームの薄気味悪さも描いたストーリー。転校してきた少女が、はじき出されることなく、そこから一気に中心になって生徒会長の座につく“サクセス”の裏で、何が行われたかが明かされ、これは酷いと思わせる。

 それは反応として真っ当だけれど、そうせざるを得ないような状況が、今の学校にはあるんだとうことも知って置くことも題字だろう。星海社FICTIONから出た江波光則の「ストーンコールド」を始め、少なくない数の似たテーマを持った作品が出て、あがく生徒や立ち上がる生徒の姿を描いている。そんなダークサイドを描く青春ミステリーのカテゴリーにある作品として、この「エーコと【トオル】と部活の時間。」も抑えておきたい。

 ストーリーは、幾つかのヒントを元に突然の人体発火が起こった理由を探り出し、そして事件の真相へと迫っていくことになる。親切そうな男子の先輩がいて、彼に救われそうになってちょっとした恋情も芽ばえそうになるけれど、決して安心はできないし、何くれとなく面倒を見てくれる優しい女教師がいても、本当に味方なのか判断はできない。

 そんな、八方ふさがりにも見える中で、空想に逃げず現実を見つめ続ける冷静な目だけが、すべての謎をクリアして事態を日常の中に帰結させる。挑む価値はある。

 だったら喋る人体模型の正体は? それも答えらしきものは見えるのだけれど、本当にそうならなぜそこまでと、続く疑問も浮かんでくる。これはきっと、続くストーリーの中で明らかにされていくのだろう。期してその登場を待ちたい。


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