ダンジョン狂騒曲
Dungeon Rhapsody

 社会思想社から出版されていた「火吹き山の魔法使い」という本を、繰り返しプレイして楽しんでいた時期がある。「本をプレイする?」とは至極当然な疑問だろうが、実はこの「火吹山の魔法使い」、各章が短くおまけに順番に並んでおらず、読者は最初の1章を読むとその末尾に記された選択枝に従って、例えば10章だったり、あるいは54章へと飛んで続きを読み、サイコロを振ってドワーフやらゴブリンやらと闘っていく、「ファンタジーRPGブック」だったのだ。

 今でこそ巷に溢れ返る「RPGブック」だが、当時はまだ珍しく、リニアなストーリーを持たない「本」の出現に、結構驚かされた記憶がある。しかし、たとえ枝分かれはしていても、結局は作者が創造したストーリーの上を歩かされているに過ぎないのだということが見えてきて、シリーズ化された本を3巻くらいまで買ったあたりで、飽きてしまった。

 「ドラゴンクエスト」や「ファイナルファンタジー」といったコンピューター・ゲームとしての「RPG」が話題となり、やれ行列が出来ただの、やれ有名人がハマっただのと聞いても、しょせんは「火吹き山の魔法使い」のシナリオを複雑にして絵をつけ音をつけたものに過ぎず、結局は作者のシナリオの上を歩かされるだけなんだという先入観からか、こうしたコンピューター・ゲームに食指が延びなかかった。

 漫画家の坂田靖子さんが、日々のゲームライフをつづった「ダンジョン狂騒曲」(ソフトバンク、1000円)によると、坂田さんに「ゲームなんて物語が単純で、先を見るために同じ用な戦闘を何回もしなきゃいけないし・・・複雑なシナリオをじぶんで考える人がこんな単純のストーリーのいったいどこがおもしろいのだ??」と聞いた人がいるという(119ページ)。同じような疑問を抱いていただけに、坂田さんの答えが気になった。

 坂田さんといえば、近刊の「伊平次とわらわ」(潮出版社)でも見ることができるように、奇想天外なストーリーを、ほのぼのとした筆致で描き出すことにかけては、国内でも有数の漫画家だ。読み手の予想を良い意味で裏切って進んでいくストーリーに、いつも翻弄させられている。物語を生み出すことに長けた坂田さんが、あるいは坂田さんに限らずゲーム好きな作家、漫画家、ライター、クリエーターたちが、与えられたシナリオに従って、結末の予想できるゲームを諾々と進めていくことに、どうして楽しさを見いだすことができるのか。

 坂田さんはこうした疑問に「そうか、ゲームの作者が作った物語の展開を見るためにゲームをプレイしてしまったんだなぁ」と思い、その先どうやったらゲームの面白さが伝えられるのか、困惑してしまったらしい。

 「ゲームのデキはソフトのなかにすでに入ってる物語の起承転結のデキじゃなくて、プレイしたときプレイやーのなかにどれだけオリジナルの展開を構築するための設定が仕組めるか、そのしかけのウデいかんだ」「マンガ家の人は物語に参加して、自分のなかで物語ができあがってくるのを見るのがとても好きなのである」

 物語を作り出すという意味で、漫画を描いたり小説を書いたりする作業も、「RPGゲーム」の中で自分だけの物語を作り出す作業も、その楽しさにおいて同列ということなのだろう。「日本でストーリーをソフト側が大半受け持つようになり、イベントが長く豪華でカッコよくなってからRPGをたくさんの人がプレイするようになって、それもいいな・・・・なんて思うんだけど、マンガ家には元のタイプのおもしろさにハマる人がけっこー多いみたい」(121ページ)という言葉からも、クリエーターとしてゲームに対峙している姿勢というのが伺える。

 そう考えると、ゲームを楽しめない自分というのは、結局のところ自分で物語を生み出す能力のない、与えられたシナリオに従うことだけしか出来ない人間ということになるのだろう。そのことはすなわち、本や漫画を読んでいても、与えられた作品を、ただストーリーの起承転結を追い、キャラクターの造形度を計って、出来不出来を誉めたり、貶したりするだけの人間なのだということを、鏡のように映していると言え、深く考えさせられる。

 「ダンジョン狂騒曲」は坂田さんの大好きなゲームが山ほど、それも坂田さんの多彩なイラスト付きで紹介されている。なかには「ゼビウス」や「ストリートファイター2」のような作品も紹介されているが、大半が「ドラゴンクエスト」「ゼルダの伝説」「ファイナルファンタジー」「ウィザードリー」といったファンタジー系の「RPG」と、ファンタジックな漫画を数多く描いている坂田さんらしいセレクトになっていて、ファンとしてなんだか嬉しくなってくる。実際のゲームに出てくる怪物がいかに恐ろしげでも、坂田さんの手になるイラストだと、目がぐろりんとしたり口元がのほほんとしたり体型がぼわりんとした、恐ろしさよりは可愛らしさが先に立つ怪物になっているのも良い。

 ところで坂田さんの原作なりシナリオなりイラストの世界は、これまでにゲーム化されているのだろうか。あれだけゲーム好きな人なんだもの、楽しくかわいらしくおかしい怪物と、ぽわーんとしたりだらーっとした勇者だ出てくる「ファンタジーRPGゲーム」を、きっと作ってくれるはずだと思うのだが。これだったら是非ともすぐにでもプレイしてみたい。もっともゲームにのめりこみ過ぎて、漫画に影響が出てしまうってのも嫌だけど。


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