努力しすぎた世界最強の武闘家は、魔法世界を余裕で生き抜く。

 異世界に転生したら最強でしたという設定が人気となるのは、今のこの世界では出せない実力もどこかでだったら出せるかもしれないという願望と、そして今のこの世界では泡沫に喘いでいる自分がどこかでだったらトップに立っているかもしれないという切望を、物語の中とはいえ叶えてくれるからだろうけれど、それで現実が何か変わる訳ではないものまた真理。それでもやっぱり読まれ続けるのは、現実世界で直面している苦渋や困難を、せめて物語の中だけでも感じさせないでくれている心地よさを、荒んだ時代の枯れた心が求めているからなのかもしれない。

 という訳で、わんこそばという人が小説投稿サイトで連載してきた人気作品が書籍化されて登場。「努力しすぎた世界最強の武闘家は、魔法世界を余裕で生き抜く。」(ダッシュエックス文庫、600円)は、異世界転生といってもそのままの転成ではなく記憶や経験を受け継いでの転成で、なおかつ俺TUEEEE系。それだけだったら過去にもわんさか事例があるけれど、あっけらかんとして前向きなところが読んでいてストレスを感じさせず、ついついページをめくらされてしまうところがひとつの工夫だろう。

 格闘少年が病気か事故か何かで意識を失い、気がつくと魔法が尊ばれる世界で魔法が使えない人間として生まていて、アッシュという名づけられた。前の世界でアニメなどで触れて興味を持っていた魔法が使える世界だと知って、少年はいつか自分にも魔法が使える時が来ると夢見ていたけれど、どうやら魔法の能力を一切持たない体に生まれついてしまったようで、生きていくのに不憫だからと親に森に置き去りにされてしまった。

 そこで前の世界での経験もあって、子供の頃から秀でていた格闘の術でもって襲ってきたモンスターを倒してしまったところを、モンスター出現の噂を聞いて飛んできた老人に発見されて連れ帰られ、鍛えられて長じてようやく自分も魔法使いになれると信じていたら、師匠となった老人から自分は格闘家であってアッシュが思うような大魔法使いではないと言われてしまった。

 それはいったいどういうことだ。手を振れば風の魔法が出てすぱすぱ切れるじゃないか。ダメージを受けてもすぐに快復するのは回復魔法のおかげじゃないのか。違います。風がでるのはあまりに腕の振りが早いから。真空が出来てかまいたちが生じる。治りが早いのも単に体質。そんな少年が、現れた世界を混沌に陥れようとする魔王をワンパンチで粉砕したのを観て師匠は、この子ならと思い知り合いがやっている魔法学校に編入させる。

 もちろん魔法の力はゼロだったけれども飛び上がれば高く上がってしまう力を魔法と思われ、試合をすれば大声でかかって来いと叫んだだけで建物が崩れ落ち敵も吹っ飛ぶ。もちろん合格。そこでアッシュは上級生でも強いと言われる知り合いを得て、自分のことも明かしつつ魔法の力を得ようと努力する。

 極度に発達した体術は魔法と区別がつかないとは、かつてどのSF作家もファンタジー作家も書いてはいなかったけれど、実際のところ杖を振ればそのパワーではるか彼方まで大地が避けるくらいの人間に、魔力なんてもう不要だろうとしか思えない。それでも人はやっぱり持たない力に憧れるもの。そして望む存在になりたいと願う。目標があってこそ生きていける人間として、奢らず諦めないで努力をしようとするアッシュの前向きさが見ていて心地良い。そんなところもこの作品が受ける理由のひとつなのかもしれない。

 いつか魔法使いになる日までと、一心不乱の努力お続けるアッシュの周囲に寄ってきて、次々に出来ていく友人たち(女子ばかり)との語らいの中で、アッシュは現れる不穏な動きをまたしても1発で粉砕していくことになるのだろうか。それもまた痛快だけれど、最後までそれだとさすがに飽きてしまうので、魔法に長けた少女たちの連携もあって倒していくような展開も希望したい。


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