DOORS 1 まぜこぜ修繕屋

 100人のうち99人がそうだと信じていることを、たったひとりが違うと言っても通用しないのがこの世界。だからおかしいのは自分なんだと思い込みたくなっても不思議はないけれど、果たして本当にそうなのか、たったひとりが違うという、その見解が正しいということはありえないのか。

 普通だったらありえない。しかし世界は普通ではなかった。「スレイヤーズ」シリーズで名高いベテラン作家の神坂一が新しく立ち上げたシリーズ「DOORS 1 まぜこぜ修繕屋」(角川スニーカー文庫、514円)は、誰もが信じている世界に対する違和感が、現実のものとなって少女を時空を超えた大冒険へと誘う。

 普通の女子高生の曾根崎美弥が目覚めると、天井にドアが見え壁にドアが見え、家のあらゆるところにドアが見えるようになっていた。びっくりするのはまだ早い。妹の智紗が5本の尻尾を持ったぐぎゃぐぎゃと喋るリスになってしまっていて、おまけに妹は妹なんだからその格好や言動が当然と信じて疑わない。

 そういうものなのか。おかしいのは自分の方なのか。いや、違う。やっぱり妹はリスなんかじゃないと思案していたところに現れた男が、手にしたレンチで妹の頭を3回叩くとあら不思議。妹はどうやら世界が違ってしまっていることに気づき、そして美弥はシュリンと名乗った男と一緒に、ドアの向こうにある世界へと出向いては、世界の混乱を修復する上で鍵となる人間を探し出し、レンチに振れさせ世界の不思議に気づかせる仕事をスタートさせる。

 もっとも複雑に絡み合い、重なり合っているのが多元世界。ひとつを直したところで一足飛びに美弥の住んでいる世界が元通りになるということはない模様。むしろひとつを直すとそのひずみが別の世界に生まれるようで、リスだったはずの(本当はリスではないけれど)妹が、うにょうにょとした触手の姿になってしまって、なおかつ妹はそれを当然と思うようになってしまうことも起こる。

 空を飛ぶ昆虫のハチが、美弥の知っている小さいハチではなく、巨大な姿で街を襲っては毒をまき散らすようになることもある。それでもひとつ、またひとつと世界を修復していけば、いつかは元のような自分も妹も人間の姿を持った、そして家中にドアなんてない世界にたどり着くと願って、美弥はシュリンと冒険を続ける。

 もののふキャノンなる武器で黒船を撃破した日本が世界へと撃って出た過去を持って、落ち武者のような風体をした同心という職責の男が不思議な力を発揮する世界があった。世の妹たちが妹であることに反抗して、兄や姉たちを倒そうと立ち上がっては、妹キングをリーダーに戦いを始め、「お兄ちゃんなんてだいっきらい」の一言でもって屈強な戦士たちを喀血させる世界もあった。

 描かれる世界はどれも奇妙。そのビジョンが示す現実とのギャップに笑え、けれどもそんな奇妙さを当然と認識している人たちの、傍目から見た奇矯さを面白がれる。「スレイヤーズ」の作者ならではの読者を引き込む術の確かさに、読み始めたらページを繰る手はもう止まらない。

 美弥にとっては異常に見えても、リスになった妹がそれを当然と感じることがあったように、美弥の世界では普通でも、別の世界にとっては異常なことだって存在しえる。見るからに懐かしい光景が広がる世界へと赴いた美弥が、果たして誰かの頭をレンチでコツンとやることで、世界を元通りにして良いのだろうかと躊躇する場面。いささか身勝手とも言える美弥の態度に、個人の価値観や思い入れだけで世界を染め上げて良いのか、といった命題を突きつけられる。

 世界がいくら変化しても、元からそうだったのだと信じられればこれ幸い。逆に信じられない身が、何かはじき出されているような寂しさにとらわれ、だったら同じように異常な世界を正常と信じたい気持ちも起こってくる。そこで巻き込まれるべきか。それとも信念に基づき行動するべきか。エンターテインメントに徹していながらも考えさせられる部分をのぞかせる。これもベテランの力量か。

 世界が多元世界的に重なり合って、ぐちゃぐちゃになってしまっているにも関わらず、住民たちはそのことに気づかないという設定は、有澤透世の「世界のキズナ」(角川スニーカー文庫)シリーズとも重なっている。ただ「世界のキズナ」は、完全に重なり合ってしまっていて、半漁人に宇宙人に人間にそのた雑多な種族が何の不思議も抱かず一緒に暮らしている。

 対して「DOORS」の場合は美弥の家に出来た無数のドアの向こうにそれぞれ、不思議な世界が広がっていて、美弥がその世界をひとつひとつ探訪して回る展開になっている。読後の印象もだからずいぶんと違っている。

 無数のドアの向こうには無数の世界が広がっているはずで、それらをひとつひとつ開いていくだけでも、相当な話数を続けていけそうなシリーズ。あとは世界を描く上での発想の多彩さが、どこまで維持されるかが作者の力量の見せどころ。ベテラン作家ならではの読者を飽きさせないだけのアイディアの奔流を、きっと見せてくれるはずだと信じて、続刊が出れば手にとり続けよう。


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