DESPERADO BLUES
デスペラード ブルース

 小学館がエンターテインメント系一般文芸の出版に長けていたなら、江波光則の「デスペラード ブルース」(小学館、630円)をハードカバーなりソフトカバーの単行本にして一般書籍として刊行し、新しいノワール、新しいバイオレンス、新しいサスペンスが登場したと言って売り出しただろう。そうすれば、馳星周とか誉田哲也とか道尾秀介とか東山彰良といった、直木賞山本周五郎賞山田風太郎賞大藪春彦賞あたりに名前が出て当然の作家の列に並んで読まれ、持ち上げられ、「このミステリーがすごい!」あたりで取り上げられてすぐさま売れっ子になっただろう。

 ライトノベルという枠に括られるガガガ文庫では、東山彰良や誉田哲也の読者は関心も示さなければ、そもそも存在にすら気付かない。何かをきっかけにして評判になっても、文庫だから大藪春彦賞とか直木賞の候補になることもまずない。それを勿体ないと思うか、ライトノベルのレーベルのファンとして江波光則に接することができることを喜ぶべきか。迷いつつもガガガ文庫で届く範囲の狭さを思って、もうちょっと広く取り上げられて欲しいと願う気持も浮かぶ。

 だから強く推したい「デスペラード ブルース」という小説。神座市というところに住んでいた筧白夜は、まだ高校生だった頃、近所に住んでいた老人から殺人拳の無明拳を習っていた。その日もトレーニングを終えて家に帰ったら、両親も妹も何者かによって惨殺されていた。聞き覚えのないハードロックのCDがガンガン鳴る中での異常な殺人だったようだが、犯人は逮捕されず家族が寝られた理由も分からないまま、白夜はひとり募集に応じて東京に出て、建設現場で働き始める。

 そしてある夜、仕事を終えて繁華街を歩いていたところをノックアウト強盗に絡まれ、倒されて金を奪われそうになったものの、無明拳の経験をいかしてどうにかこうにか撃退したところに、職場の先輩で長谷川黒曜という男が通りがかった。そこから生まれた縁から白夜は、黒曜に頼まれてソープに出入りするようになり、舞浜歌織という風俗嬢を無明拳の技で昇天させたりもして籠絡し、そのまま付き合うようになる。

 実は歌織は白夜や黒曜が働く建設現場の社長という男のパトロンで、社長は歌織を隠れ蓑にするように大量の薬物を捌いていた様子。黒曜はその証拠を掴んで社長を追い込み、職場を乗っ取ることに成功する。白夜の方は、薬物とは無関係だったということで釈放された歌織を出迎えたが、そこに再びの惨劇が起こる。家族を襲ったのと同じ様な空気感を持った暗殺者が現れ、白夜の前で歌織を刺殺した。

 そして浮かび上がってくる、神座市という街を支配している御三家の存在。南雲家、御子神家、羅紋家という一族が互いに牽制し合い、つながりもしながら権勢を保っている状況があって、歌織は南雲家の出だった建設現場の社長とのつながりを口封じするために殺されたらしかった。だったら自分の家族も、3つの家との関わりの中で惨殺されることになったのか。歌織を刺殺した犯人らしき人物を引っ張りだし、戦うような展開の後、白夜はそれまで関わりを持たなかった神座市と、御三家を相手にして2つの事件の真相に迫ろうとする。

 地方都市を牛耳る一族が、法律を越えて人々を支配しているような設定も、正体を見せない凄腕の殺し屋たちが暗躍して、邪魔な者たちを消して回っている展開も、ライトノベルというよりはノワール小説に近い雰囲気。主人公自身が大人で情交も重ねれば暴力だって辞さないキャラクターでは、ティーンを相手にした健全なラブストーリーにはなり得ない。江波光則が得意として来た、学校を舞台に支配する者とされる者との戦いを描く展開とも違う。その意味で大人の、一般文芸のエンターテインメント作品だ。ハードでシリアスでバイオレントな。

 無明拳という殺人すら辞さない拳法の修行があり、それを使って白夜が立ちふさがる相手を次々にたたき伏せていくような描写があって、アクション小説としての楽しみも十二分に持っている。これまで無関係を装い孤高を保ってきた白夜が、とあるきっかけから羅紋の女と知り合うことになった点など、今後の展開においてどんな謀略、御三家の間に巻き起こる闘争に白夜を引きずり込んでいくかを期待させる。

 いずれにしても白夜の家族が惨殺された謎が未だ解明されておらず、どれだけの闇があるのか、それともないのかといった興味も誘われる。まるで見えない先行きの向こう側にある謎の解明を楽しみつつ、白夜という壊れかけた青年がどうなっていってしまうのかを追っていきたい。


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