ダブルブリッド2

 高い所に上っただけで、人間は何となく高圧的な気分になるものらしく、例えば新宿西口にある高層ビルの1つに行って、何十階かの窓際に立って朝だったら都庁の方、夕方だったら新宿駅の方へと向かって歩く人の波を見おろしていると、「この愚民どもめ!」なんて演説の1つもぶちたくなる。都庁の中で都民を聘睨している都知事が、ついつい世間を見下したような言い方をするのも何となく分かる。

 ましてや実際に奮える権力の1つも持って、それを実際に行使した時、まわりが風に吹かれた稲穂のごとくに一方向へとなびく様を見ると、同じ人間でありながらも生じた身分の格差に快感を覚え、さらなる権力を振るってみたくなるものだろう。もっともこれは、共に同じ人間だったからこそ感じる感情で、最初から人間を越えた別種の存在だったとしたら、果たして支配欲はわき上がるものなのだろうか、といった疑問も浮かぶ。

 中村恵里加の第6回電撃ゲーム小説大賞金賞受賞作「ダブルブリッド」(メディアワークス)とその続編「ダブルブリッド2」(メディアワークス、590円)は、アヤカシと呼ばれる人間以上の存在が確認され、紆余曲折を経て人間と同じ権利を有するようになった、近未来の日本が舞台となっている。

 主人公の片倉優樹は、見かけは10代半ばの女の子ながら、実際は年齢で言うなら20代半ば、おまけにアヤカシつまりは妖怪と人間との間に生まれた、人間とは異なる力を持った存在で、戦闘能力も高ければ、最高の力を発揮するために自分を変貌させてしまうこともできてしまう。

 けれども普段は警視庁の傘下にあって、人間たちに逆らう暴れアヤカシを退治する仕事に就いている。著者の金賞受賞作にしてデビュー作となった第1巻では、アヤカシであっても人間に受け入れられている優樹への別のダブルブリッドの、嫉妬と憧憬が入り交じった感情がもたらした諍いを軸に物語が進む。

 最初はアヤカシを畏れつつ嫌っていた、アヤカシ退治を専門にした部隊のリーダーは、優樹の真摯さに惹かれて彼女を仲間と認める。その経験をもとに、今はまだ新米で、なかなかアヤカシを受け入れられない人間の青年・山崎太一郎を優樹の配下に送り込んで、アヤカシを理解させようとする。最初は優樹に反発していた太一郎も、いっしょにアヤカシどもと戦ううちに、アヤカシながらも人間のような優樹に惹かれていく。

 人間とアヤカシの違いは一体何だろう。本来は弱い人間などには感心を示さず、蔓延る人間共の合間で悠々自適に生きて行けるアヤカシが多いなかで、何故か人間社会の裏で暗躍するアヤカシも出てきて、アヤカシの中にも何かが起こっていることが浮かび上がって来る。弱いくせに傲慢な人間に、さしものアヤカシたちも切れた、ということなのだろうか。

 第2巻は、東欧からやってきた吸血鬼が優樹と戦う話がメインとなる。そこでは、吸血鬼が昔馴染みの半分人間で半分吸血鬼な青年に抱いていた感情が、果たして友としての愛情だったのか、それとも旨い血を持つ餌に対する欲望だったのかといった、相手に寄せる心の裏側にある真相真理をえぐり出す展開がなかなかに厳しく胸を突く。

 設定やキャラクターをつまびらかにされた上での第2巻だということもあって、飄々とした優樹と熱血な人間の青年とのかけあい的なおかしさは倍増しで、蔓延る人間に引きずられるように人間っぽい感情を芽生えさせて来るアヤカシの姿を反面教師に、人間という生き物の面倒臭さも強く感じられるようになって読み出がある。

 相手を深く知ってしまうがために、相手に影響された結果、本来は支配などという感情とは無縁だったアヤカシの中に、人間の醜さでもあり美徳でもある向上心や支配欲にも似た感情が芽生えて来る展開が、とてつもなく恐ろしく思えて来る。第2巻のラスト、優樹を、そして人間たちを支配しようとするかのごとく策謀をめぐらすアヤカシたち。それは、人間たちの弱者を蹴落とし強者がすべてを支配する様が、元来は人間に無関心だったアヤカシの心をねじ曲げてしまったからなのかもしれない。

 だとしたら人間とは、何と罪深く、恐ろしい生き物なのだろうか。あるいは他の生命たちにも悪しき影響を与えて恥じない人間たちに、アヤカシも含めた地球の生態系が罰を加えようとでもしているのだろうか。次巻以降はいっそうの陰謀が繰り広げられそうな予感があり、強さと同時に人間らしさを増す優樹の陥る危機などを軸に、一波乱も二波瀾も起こりそうだ。続きを早く、と言っておこう。


積ん読パラダイスへ戻る