堕落の王

寝ているだけで出世して、権力を得て何不自由なく暮らせる財産も得て、おまけに美少女たちが身の回りを世話してくれるような立場になれたら、どれだけ嬉しいことか。そんな立場になれるのだったら、どこまででも怠惰な生活を続けてみたいものだけれど、現実の世界では、1日だって会社をサボれば出世どころか給料を減らされ、生きていくのが大変になる。3日も寝ていれば、それこそ飢え死にしてしまう。

 それでも怠惰な自分を貫き通した覚悟が、もしかしたら彼を死んで転生した世界で、どこまでも怠惰であり続けられる立場にしたのかもしれない。しがないサラリーマンだった彼は、死後の世界でレイジィ・スロータードールズという名前の悪魔に転生する。

 決して下っ端ではないが、魔王のような強大な力を持っていた訳ではない。ところが、悪魔として悪事を働くでもなく、大魔王のために献身的に立ち回りもしないで、ただひたすらに自堕落な生活を送り続けた結果、レイジィは怠惰という悪徳を司る魔王の地位に上り詰めてしまう。

 ウェブの小説投稿サイトで話題となっていた槻影の小説を本にした「堕落の王」(ファミ通文庫、610円)は、そんな設定を持ったストーリー。いったいどれだけの無為徒食を重ねれば、人間から転生したただの悪魔が魔王になって、それも大魔王から高く信頼を置かれる序列3番目の魔王になれるのか。10年とか100年ではきかない年月をひたすらに寝続け、自堕落に過ごし続けたのだろう。

 たとえ悪魔でも、周囲の目を気にすることもなく、自尊心を刺激されることもなしに何もしないでゴロゴロとする生活を続けられることが、ひとつの才能であり、力なのかもしれない。究極の怠惰。究極の悪徳という意味で。

 ただ、周囲にとってはただのぐうたらな存在でしかないレイジィ。勇者が侵攻してきたから退けろと大魔王から指令が下っても、ベッドから起き上がることのない彼に、大魔王からお目付役として派遣されて来たリーゼという名の女性の悪魔は苛立ち憤る。敵を平らげて戻ってきた配下に対しても、名前すら覚えていなさそうな態度を見せてリーゼを呆れさせる。

 もっとも、配下にとっては言うことさえ聞いていれば、自分勝手も出来そうな与しやすい相手に見えたのかもしれない。すべてを手に入れたい強欲さを持った悪魔も配下にいて、レイジィの立場がいつか脅かされる可能性が示唆される。

 とはいえ、そう考える部下がかつてひとりも現れないまま、レイジィが怠惰の魔王になれるくらいの年月が経ったはずはない。大魔王に気に入られていたところで、力のない存在は下克上によって廃されるのが悪魔たちがいる世界の掟。現に暴食を司る魔王が大魔王に反旗をひるがえし、何人もの魔王を平らげてはレイジィたちの領地を脅かし始めまる。

 これは危ない。対抗しなくては食われてしまう。そんな状況にありながらも、レイジィはベッドから動こうとしません。部下を行かせて立ち向かわせます。腕に覚えもある部下たちですから、ここで暴食の魔王を退け一気に大出世を狙っていたかもしれないけれど、そこはやはり魔王のひとり。圧倒的な力の差を見せつけどんどんと迫ってくる描写は、無謀な戦いに身を投じさせられる苦労といったものを感じさせられる。

 それこそ絶体絶命の状況にまで追い詰められる部下たちだったけれど、そこでレイジィがどういった対応をするのがこの作品の読みどころ。先に繰り広げられる展開に驚かされると同時に、どれだけの怠惰を続ければ、それだけの力を得られるのかといった興味を誘われる。なるほど下克上を食らうはずがないとも分かる。

 相当に強いはずのレイジィの配下たちの活躍ぶりをまず描き、そんな配下たちでもまるでかなわない暴食の魔王の凄みを描いた上で、レイジィの戦いというか、戦っていなくても圧倒してしまうそのとてつもなさを描くことで伝わる、レイジィという存在の希有ぶり。読んでいてひとつのカタルシスになると同時に、そんなチートが次も通用するのか、どこまで通用するのかも気になってくる。

 というより、本当にレイジィはただ寝続けた結果、それほどまでの力を得たのかが気にかかる。レイジィを妙に気にする大魔王の態度も。そうした謎が解き明かされる先への興味が浮かぶと同時に、転生してでも怠惰を貫き通せる魔王に自分はなりたいのか、それとも食べたり騒いだり女性に感心を抱けるような、普通の立場にやっぱりなりたいのかを問いかけられる。

 転生したら勇者になっていた、といった展開の作品が数多く生み出されている状況で、極端を描いてみせた作品から、改めて転生の善し悪しについて考えて見よう。


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