コスチューム!
Costume!

 見た目は良好。むしろ優良。でもってレイヤー。すなわちコスプレイヤー。麗しくも凛々しい衣をまといて西館の4階に降り立つべし。夏は灼熱の日光がコンクリートに突き刺さり、冬は寒風が体を芯まで凍らせる環境の中を、笑顔で何時間でも立ち続ける。そんな少女がいたとしたら、カメラ小僧として何とする?

 写真を撮る。これは当たり前。だってカメラ小僧、すなわちカメコなんだから。声をかける。あり得ない話ではない。写真を撮りました。送ります。アドレス教えて。日常会話の範疇だ。親しくなる。そんな人もいるだろう。呼び出しデートを重ねてやがて恋仲になる。これは無理難題だ。

 やってやれない技ではない。けれども高い壁がある。激しい競争がある。超えられない。勝ち残れない。ならば諦めるのか? 囲んで撮って社交辞令を交わして終わりにするのか? それは嫌だ。そんなつまらない人生はまっぴらだ。そこで彼は行動した。覚悟を決めて突進した。そして成功した。もちろん壁を乗り越えて。果てしない壁を這々の体で踏破して。

 方法は単純。写真を撮ってバラまくと脅した。それで良いの? もとより他人に見せたいというのがレイヤーの心理。撮られた写真をバラまかれようと気分的には嫌でも脅迫の材料になんて普通はならない。けれども彼女は普通じゃなかった。春崎聖香(しゅんざききよか)には秘密があった。その秘密に楠柳也(くすのきりゅうや)は付け込んだ。

 撮られた写真が必ず心霊写真になってしまう。それが聖香の秘密。幼い頃に村で1番2番を争うコスプレイヤーだった2人の男女から生まれた聖香は、当然のように親に手による衣装を着せられ子供の頃からレイヤー教育を受けてきた。写真にだって撮られることもあった。そしてその時に判明した。写ってしまったのだ。得体の知れない魑魅魍魎が。泣き叫ぶ怨霊の表情が。

 ちょっと待て。すでにレイヤーとして活躍していたハルコこと聖香はだったら、どうしてカメコたちの撮る写真によってその能力が露見しなかったのか。理由がある。吸入器。それで喘息の薬を吸ってしばらくは、なぜか聖香を撮っても心霊写真にはならない。だからその日も聖香はしっかり予防をして、友だちのアイニーとビッグサイトの4階で英国の有名な魔法学校の生徒を演じていた。

 そこに現れたのが柳也という青年。顔はキムタク。をグーで10回パンチした感じ。且つパンチするのはマーク・ハント。濃い格闘技の知識をバックに、聖香がそう表現した感じですなわち美形からはほど遠い、ごく一般的な顔立ちで、ことさらに聖香が興味を持つ存在ではなかった。けれども彼がポラロイドのシャッターを押した瞬間、事情が大きく変わった。

 柳也が撮影したポラロイドは、アイニーの左足が消えて聖香の左側頭部が透き通り、背後の手すりから無数の手が伸びる立派に正真正銘の心霊写真になっていた。薬が切れた訳じゃない。それが証拠の他のカメコが驚き慌てた様子はない。柳也だけが聖香の心霊写真癖を策に構わず撮ることができたのだ。

 吸入器の予防策も効き目なし。ならば答えは1つだけ。写真を取り戻せば良いと、聖香は柳也に歩み寄り、肝臓と壇中に2発づつ入れて(何をかは問うな)写真を取り戻す。これで安心。かと思ったところに電話が届く。柳也が言う。「……あの写真、実は1枚持ったままなんですよね」。聖香は絶句。そして呼び出しに応じる。

 渋谷で再会した柳也に聖香は挨拶もそこそこに写真を返せと迫り、嘘ですそうしなければ来てくれなかったでしょうと言われ怒り心頭に達し、柳也に構わず書店へと出向きコマンドサンボの本を読み、コスプレ衣装の材料を買って返ろうとしたその時に柳也のポラロイドのシャッターが切られ、立派以上の心霊写真が彼の手の中に現れる。

 万事休す。かくして柳也は聖香の周囲にまとわりつく資格を得る。まだ資格。恋仲になんってなっていない。むしろ正反対。敵対関係に近い、そんな2人がどんな紆余曲折を経て近づいていったのか。レイヤーであり且つ格闘技への造詣も深く、中指をリードに人差し指と薬指を使って相手の目を突く技術を会得し、頭を抱えて親指の腹で目をこするテクニックもマスターした聖香の攻撃に耐えて柳也が聖香の心を自分へと向けることに成功したのか。

 答えは1つ。将吉の「コスチューム!」(産業編集センター、1100円)を読めば分かる。「第3回ボイルドエッグズ新人賞」受賞作。滝本竜彦や三浦しをんが審査し選んだ新鋭による当然ながら初めての小説には、高飛車で格闘技好きで見目麗しく装いも素敵な少女の心を我が物とするテクニックが満載だ。

 くっきりと立って激しい自意識を周囲に放つ聖香というキャラクターの存在感がまずあって、その存在感の裏側に必ず心霊写真になってしまうという穴の部分が示されて、そんな基本設定から紡ぎ上げられていく反発し合っていた少女と青年の、停滞から抜け出て前向きに脚を踏み出そうとする物語へと展開していく構成力には新人離れの力量を感じる。

 ネットで人気のサイトが企画した、レイヤーを集めたイベントの背後に隠されていたある謀略が暴かれ、犯人も判明する流れはミステリー的でもあってハラハラとした気持ちにさせられる。そんな1本通った筋があってこそ聖香と柳也の離れくっつき弾かれ戻る、山あり谷ありの展開が面白くも素晴らしいものとしてストレートに響いて来る。

 聖香と柳也の関係と、謎の事件とが重なるクライマックスの緊張感は、明らかにされた柳也の秘密で増幅されやがて同情へと化学変化を起こす。そしてすべての謎が明かされた時に気づかされる。聖香が柳也に抱いた感情の前向きさに。照れから見せる格闘の技の裏にある、自分という存在を意識し続けてくれていたことへの聖香の激しい喜びに。

 レイヤーの心情、レイヤーの日常、カメコの礼儀等々の描写はリアリティたっぷりで、キャラクターになり切りたいという、レイヤーの原初の動機がそのうちコスプレすること自体を目的としてしまい、何のためにするのか見えなくなり、迷いそれでも流され溺れ抜け出せなくなる感じが、レイヤーの主人公たちの言動から滲み浮かび上がる。

 本編で聖香も度々立ち止まって考える。何のためにコスプレをするのか。キャラクターになりきりたいため。それはある。楽しいから。それもある。優等生的回答。公約数的回答。だから当てはまる。けれどもそれらがすべてじゃない。だったら何? 明快な答えは出されない。けれども感じさせられる。

 ずっと拒絶していた。惨めだと思い欺瞞だと信じて籠もっていた。けれどもようやく気づいた。惨めなんかじゃない。欺瞞なんかでもない。惨めでしょと聞くのは聖香の照れ。欺瞞でしょと言うのは聖香の恥ずかしさ。それを超えれば未来にはバラ色の人生がまっている。たどり着けなかったアイニーの分も幸せになれる。

 出会えること。その素晴らしさに気づかせてあげさえすれば、キムタクをマーク・ハントが10回殴った顔でもレイヤーと知り合える。心霊写真が写ることは必要条件かもしれない。けれども絶対条件ではない。出会えたこと。それこそが真のきっかけだ。あとは誠意でもはったりでも何でもいい。猪突猛進。走り続けていさえすればいずれ出会いはつながりへと進化する。

 但し。目つぶし攻撃に耐え、関節技に耐え殴打に耐える体力だけは養っておけ。あれは、痛い。


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