コズミック世紀末探偵神話
 とかく「問題の」とか「噂の」というキャッチフレーズ付きで語られていた清涼院流水さんですが、なにが「問題」でなにが「噂」になっているのか、1面識もなく作品に触れたこともない人間には、さっぱり解りませんでした。

 ミステリー作家やミステリー評論家たちの間に、旋風というか爆風というか、とにかくもの凄い風を吹き起こしていることは、皆さんが日ごろ書かれている文章から伝わって来ていました。けれどもそうした、横につながりのある方々が「問題の」とか「噂の」などと口にされるときは、狭いムラ社会だけに通じる言語、換言すれば楽屋オチがふんだんに出てくる作品で、知っている人は1200倍も楽しめるけれど、知らない人は1倍しか楽しめないという、はなはだ不公平な感覚を味わわされるということが、往々にしてあるものです。用心しておくに越したことは有りません。

 歴戦の強者であるプロの作家・評論家をして「先生」といわしめる清涼院流水の、歴戦の強者であるプロの作家・評論家をして「問題作」とまでいわしめる「コズミック 世紀末探偵神話」(講談社ノベルズ、1400円)の登場です。果たして楽屋オチのオン・パレードなのか、それとも世間をシンカンさせる恐るべき書なのか、それを確かめる時が来ました。

 ボカすくらいなら載せなきゃいいのにと思えるほどにピンぼけた著者近影を見て、用心の気持ちがますます募ります。けれども、妖しげな漢文をさらりとながめた後に現れる「犯罪予告状」に、懐疑の気持ちがとりあえず氷解させられました。「密室卿」などという時代がかった予告犯の名前もさることながら、そこに書かれた「今年、1200個の密室で、1200人が殺される。誰にも止めることはできない」という文章が、これから始まる空前絶後の物語への興味をいや増します。

 果たせるかな、次々と発生する密室での殺人事件に、読者は驚嘆の渦へとたたき込まれます。完全密閉の空間であったり、他人が入り込む余地のない事実上の密室であったり、衆人環視のなかで誰も手出しできない広い意味での密室であったりと、場所や条件は様々ですが、被害者は一様に、スッパリコンと首を断ち切られて絶命しています。1年で1200人という「ノルマ」達成に向けて、1日3人程度のペースで繰り返される惨劇に、警察組織と並んで日本の犯罪捜査組織として世界に冠たる「JDC(日本探偵倶楽部)」が挑むことになり、鴉城蒼司を筆頭に350人からなる探偵の集団が、各々の推理力を駆使して犯人像を描き出そうと躍起になります。

 探偵が大勢出てくるからといって、1人の有能な探偵が全てを解決していまう普通一般的な「探偵小説」を揶揄したものと考えてしまうのは、いささか早計でしょう。筒井康隆さんの「美藝公」が、映画スターが尊ばれる存在となっている世界を描いていたように、探偵の仕事が、浮気調査とか用心棒とかいった卑俗なものとならず、警察組織と並ぶ犯罪調査組織として確立している世界を、思い浮かべてみればいいのです。新しい条件を外挿して、そこでの動向をシミュレートしてみる、SF的な用法の1つとも見て取ることができます。

 あるいは探偵たちの推理方法が、たとえば「神通理気」であったり、あるいは「集中考疑」であったり、はたまた「懐疑推理」に「迷推理」に「超越統計推理」に「潜探推理」であったりすることが、古今東西の探偵の「モード」をからかっていると見る人もいるでしょう。そうした嫌いがないわけではありませんが、例えばJDCを水滸伝の梁山泊のように、特殊な能力を持った人たちが「犯罪捜査」という星のもとに集っただけなのだと考えれば、既存の探偵小説へのアンチテーゼなどではなく、ただ物語としての面白味を増すためだけに、バラエティーに富んだ探偵たちの登場と相成ったのだと、納得できます。

 350人から成る探偵たちにあって、中盤から終盤にかけて主となるのは、もっぱら九十九十九という美貌の探偵です。事件の解決編をしゃべり、事件の犯人を突き止め、たどり着いた真実は・・・・おっと、これは秘密です。秘密ですがただ1点、謎解きを謎解きとして期待することは充分に可能ですし、結果カタルシスを味わわせてくれるのも確かですが、それよりももっと大きな事、すなわち広大無辺な宇宙の存在を感じさせてくれる小説であることを、強調しておきたいと思います。

 推理小説という衣をまとって現出してしまったため、広大無辺な物語を修めるには、違和感というかズレのようなものが付きまとって仕方がありませんでした。知っていれば120倍は楽しめただろう、楽屋オチめいた設定もあるようです。しかしながら700ページ、1400枚を費やした物語が、まだまだ物足りなさを感じさせるほどに、清涼院流水の語り口は巧みですし、キャラクターも魅力にあふれています。次にどのような衣をまとうのか、予想の限りではありませんが、物の語り手としての清涼院流水の力を信じて、これからも成りゆきを見守っていくつもりです。

 だから推薦者の皆さん、そして清涼院流水先生、責任とってね。


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