彼女のカレラ
My Favorite Carrera

 ルビーストーンレッドの「ポルシェ911(Type964)カレラRS 92年式」と、身長164センチでバストサイズ104センチの大手出版社編集者の、どちらかを選べるとして男だったらどちらを選ぶべきなのか。260psのフラット6を唸らせ箱根ターンパイクのコーナーを攻め上がる快感と、62センチの細腰を六本木のホテルでかき抱いて貪る快楽。その甲乙付けがたさに男はきっと悶々としてこう思うだろう。どちらも手に入れたい、と。

 そんな虫のいい話があるのかと言えば、現実的にはまず不可能。新車価格で1000万を超えるRS仕様のポルシェ964を普通に就職して普通に務めている普通のサラリーマンが普通に買える訳がない。発売から10年以上が経って中古価格は400万円前後に下がっているかもしれないけれど、それとて日本車の高級車なみ。おいそれとは手が出せない。

 ならば巨乳の美人編集者ならどうか? これはポルシェ以上に難題だ。まずいない。そうそうに存在しない。ポルシェ964RSなら2000台は作られた。けれども巨乳の美人編集者(22歳)が果たして2000人も存在しているか。上に10歳引き上げたとしても20人、いれば御の字というところだろう。

 仮にいたとして手に入るか。入るはずがない。ポルシェだったら宝くじなり万馬券で1000万円でも当たれば買える。金さえ積めばとにかく手には入れられる。けれども巨乳の美人編集者は人間でそれぞれに好みを持っている。その好みに合わなければ、金を積もうが誠意を見せようがなびいてはくれない。鼻にもかけてもらえない。

 それでも手に入れたいのなら。気分だけでも構わないから手に入れた感慨を味わいたいのなら。読むしかない。麻宮騎亜の「彼女のカレラ 1」(集英社プレイボーイコミック1、590円)を。登場するのはもちろんポルシェのカレラ964。そして巨乳の美人編集者。男が望む2つが堂々のカップリングで目に入ってきて嬉しがらせてくれる。

 いったいどういう取り合わせなのか。それは遺産相続から始まる。名を轟麗菜という「月刊プレイガイズ」の編集者に父親が死んだという知らせが届く。葬儀も済ませて母親から形見分けとして手渡されたのが、目にも鮮やかなピンク色、ならぬルビーストーンレッドのポルシェカレラ964だった。

 スーパーカーのファンなら誰もが憧れ欲しがるポルシェを、タダで手に入れられるとあって喜んだと思いきや、麗菜はあまり嬉しそうではなかった。というのも彼女、運転に慣れていない。免許はあってもAT限定。乗っていたのも日産のマーチ。それがいきなりポルシェのカレラRSとなったものだからたまらない。

 ロールバーが組まれ座席は2シーターで、パワーステアリングはなくパワーウィンドウでもなくクラッチはシビア。駐車場からの出入りに必要な切り返しで腕の筋肉は張り、渋滞する都内の走行で重いクラッチを幾度も踏むため足の筋肉も悲鳴をあげる。失敗すればエンスト。リレーも故障し立ち往生して前途多難を予見させる。

 エアコンもエアバッグもなし。先輩編集者からは「エアバッグならすごくいいヤツついてるじゃん」と定規で差されセクハラと憤った104センチのバストも、エアコンなしで真夏の都内を走る時は火照りを生み出す巨大な肉のカタマリと化す。シャツを脱いでも暑さはしのげず、かくして上半身を露わにした姿で半ば脱水症状を起こしながら路上に突っ伏し、通りがかったドライバーに恥ずかしい姿をさらしながら、病院へと運ばれる羽目となる。

 敵も作る。フェラーリの360モデナに乗るゴシックロリータなファッションをした女性に道を譲れを言われサービスエリアで再会して口論となり、競争を始めたらポルシェはファンベルトが切れフェラーリはガス欠となり、麗菜はゴスロリ女のストッキングをベルト替わりに貸せと迫り女は麗奈の「バカ乳」で車を止めてガソリンを分けてもらえと唸る。喧嘩両成敗。ともに切符を切られ別れた後でまたしても再会。それも編集者と漫画家として出会い因縁の炎が吹き上がる。

 911シリーズのポルシェを憎む男から喧嘩を挑まれ、ポルシェのボクスターに乗るマンガ家からは迫られ、ポルシェカイエンを持つ男からは洗車の正しいやり方を6時間にわたってみっちりと仕込まれる。そんな麗菜の姿にポルシェなんてもう良いと、思えて来るかというとこれが逆。苦労して走らせることで浮かんで来るクルマとの一体感。ポルシェに限らずフェラーリを持つ漫画家に、ランボルギーニ・ミウラを持つグラビアアイドルの姿が思わせるスーパーカーを所有し愛でる楽しさ。6時間の洗車を成し遂げた後の輝きが麗菜の目を差し、彼女を通して読む人に愛車を、それもポルシェを磨き上げる喜びを味わわせる。

 読めばポルシェが好きになる。読めばポルシェが欲しくなる。そして巨乳の美人編集者も。父の思いも掛けない遺品に戸惑い悩みながらもそれを受け入れ、頑張り成長していく姿が何かに挑もうとする意志を沸き立たせてくれる。暑さにたまらず脱いだシャツの下に張り出す双房や、洗車場で水をかけられ濡れてずれたシャツの下から盛り上がる双房といった即物的なアイキャッチにも増して、都会で仕事に励むひとりの女性の姿が、自分たちも頑張らなくっちゃと思わせる。

 ポルシェ964カレラと巨乳美人編集者の、どちらも手に入れられない悩みを解消するために読んで、逆にどちらも手に入れたいと悩まされるようになる罪作りな1冊。それでも構わないというなら読んで損なしの1冊。池沢さとしの「サーキットの狼」が火を着けたスーパーカーブームで育った世代が描いた、ポップでコミカルで勉強にもなる新感覚のスーパーカーコミックと言えるだろう。ただし。買って読んだその印税は、作者のポルシェのガソリン代なり高速代なりに消えるということだけはお忘れなく。巨乳の美人編集者にも注ぎ込まれているかもしれない。悔しい? だったら買わないか、買って読んで発憤して漫画家になるしか道はない。頑張れ。


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