時をわたるキャラバン

 今ここで足を踏み出せば、失うものはいっぱいあるが、代わりにかけがえのないものを得られるかもしれない。そんな人生の大切な瞬間(とき)を、けれども人は失うことを恐れるばかりに、逃してしまいがちになる。不安が決断を曇らせ、挙げ句に無理矢理自分を納得させて、あったはずの可能性を封印しては、残りの人生を生きていく。

 紀行文で知られる篠田悦子が初めて書いた小説、「時をわたるキャラバン」(東京書籍、1600円)の主人公で、スタイリストの仕事がどうにか軌道に乗り始めた友香も、普通だったら仕事への不満より未知へと飛び出す不安が勝ち、今の仕事を続けてそのまま歳を重ね、それ相応の地位を得ていたかもしれない。

 けれども彼女は普通に止ることを選ばなかった。ふと立ち寄った画廊の中に漂っていた、不思議な匂い。今までに嗅いだことのない、その甘やかな香りが、画廊に展示してあった、アンティークの絨毯の切れ端から発せられていることを知った彼女は、毎日のように画廊へと通い、最後の日に訪れていた持ち主の老人から、まさにその瞬間を踏み出すための、強い言葉をかけられた。

 「匂いは、追わないと消えますよ」。その言葉に背中を押されて、「本当に気の毒な人」にならないために、友香は絨毯が作られたというトルコへと向かう。そして東西が出会う街・イスタンブルに着いた翌朝、朝食を摂りに出た街で、現地の青年と出会い言葉を交わす。

 絨毯にも似た匂いの吸引力を青年に嗅ぎ取った有香は、食事を摂った店を出た青年を追い、バザールで開かれていた絨毯のセリの場に行き合わせる。そこで友香は、東京ではアンティークの切れ端だった絨毯が、そのまま1枚新品の姿で出品されているのを発見し、青年に競り落とすよう依頼する。

 しかし競り落として持ち帰ったのも束の間、同じセリに資格もなく参加しようとした女性によって絨毯は持ち去られてしまう。追いかける友香と、アリジャンと名のった医学を学んでいる青年は、町外れの洞窟にある「聖なる泉」の柱をグルリと回った瞬間、13世紀のイスタンブル、当時のコンスタタンティノポリスへと時を遡ってしまった。

 ビザンティン帝国が十字軍によってコンスタンティノポリスを追われてニカイアに帝国を築き、一方でトルコはルーム・セルジュク王朝を打ち立て、スルタン・ケイクバードによって治められていた。追いついた友香とアリジャンは、2人は絨毯を持ち去った女・テオドータとともに、絨毯の持ち主を訪ねる旅に出るが、途中で友香はアリジャンともテオドータとも別れ、商人に奴隷として売られてしまった。

 そこより「時をわたるキャラバン」は、1枚の絨毯に秘められた、国も宗教も越えた男と女の愛の物語へと続いていく。そして友香は、匂いに運命を見出した絨毯に込められた強い思いを知り、その思いが結局届くことはなく、悲劇ともいえる結末を迎えること、否、すでに迎えたことを知る。運命に殉じた2人を目の当たりにして、友香はもう1度、そして決定的な決断を心に刻む。

 絨毯の匂いに惹かれて遠くトルコまで、そして13世紀にまで足を進めた友香のある種の執着を、傍目にも匂い立つ絨毯そのものへの物欲と、決して見ないで欲しい。絨毯との出会いはきっかけでしかない。あるいは足を踏み出す瞬間を感じ取るためのシグナルでしかない。運命という最大にして至高のものを手に入れるための媒介として絨毯があり、しかして友香は運命をその手に掴むことができた。

 遠く異国の遥か過去に友香が交わった人々は、すでに刻まれてしまった運命によって食い潰されてしまっている。けれど友香やアリジャンのように、現代に生きる人間には、未だ確定していない未来がある。かけがえのな瞬間を選び前へと進むことで、いくらでも育み拡げられる巨大な可能性があるんだと、「時をわたるキャラバン」を読みおぼろに思う。

 なるほど多くは匂いを感じない人々だ。追いかけろと叫ぶ声だって聞こえない。けれども人によって今まさに、その瞬間に直面しているのかもしれない。

 「匂いは、追わないと消えますよ」。

 迷っては、いけない。


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