キャノン・フィストはひとりぼっち1

 人に寄生し、人を変えて蔓延り、人を殺して人の世界に恐慌をもたらすいるか人間たちを相手に、少年たち少女たちが命をかけて挑む壮絶な戦いを、醒めた筆致で綴った「僕の学校の暗殺部」シリーズが、人類の勝利を描くことなく幕を閉じた理由は何だったのか。映画ならラストシーンのカタルシスを描かないまま途中で終わったようなもの。ゲームならバッドエンドでリスタートできない状態におかれてしまったに等しい。

 高度な知性をもって人の社会に潜入し、圧倒的な力で人を蹂躙するいるか人間を相手にもはや、人類がどれだけあがいても先は見えないという絶望を、言葉にするのがはばかられたのかもしれない。いるか人間ですらない普通の人間までもが、いるか人間のように一切の良心も道徳も規範も捨てて、ただ人を残酷に殺すことだけに快楽を求め始めた展開に、何の幸福も得られそうもない社会への諦めを込めて、示そうとしたのかもしれない。

 もっとも、それならどうして今ふたたび、絶望しか見えない人類の未来に希望を探るような物語を描き始めたのか。「キャノン・フィストはひとりぼっち1」(ポニーキャニオン、620円)。そこで深見真は、どんなに絶望的な状況に置かれても、諦めないで生き抜こうとあがく人類の、強さとしたたかさを示そうと考えたのかもしれない。「僕の学校の暗殺部」シリーズが道半ばで断念へと追い込まれた悔恨を、新たな物語によって埋め、さらに大きな広がりを持って世に人類の勝利を訴えるために。

 「僕の学校の暗殺部」で人類が、いるか人間たちによって殺戮の危機に怯えていたように、「キャノン・フィストはひとりぼっち1」でも人類には大きな危機が及んでいる。それは[M・E]と呼ばれるバケモノたちで、捕まえた人間の脳に針のようなものを突き刺し記憶を吸い尽くして回っていた。途中で防げればまだ助かるけれど、すべての記憶を吸われてしまった人間は“白紙化”された状態に陥って、生命を維持する機能すら働かなくなって死んでしまう。

 市民はそんな[M・E]がいるという話は知っている。ただ頻繁に出会う訳ではなく、不幸な誰かが被害にあっているという話だけが伝わっている。もっともどうやって対応しているかは分からない。警察が倒しているのか? 自衛隊が相手をしているのか? そうではなかった。[M・E」敵と戦う能力を持った人間がいた。心に忘れたいほどに悲惨な記憶を強く持っている者が、その気持ちによって感情記憶合金を発動させ、全身をまとう鎧や、敵を砕く武器に変えて[M・E]を倒していた。

 主人公の伊吹雪弥は、過去に両親を当時14歳だったらしい少年によって惨殺され、ひとりぼっちになって今は伯父夫婦の家に世話になっている。そこには流理という娘がいて義兄となった雪弥に気があるようす。決して前と同じではないけれど、それでも家族を得て居場所のなさを強く感じることはなく、学校にも友人が出来て普通の日常を送っていた。けれども。

 そんな雪弥に[M・E]の影がかかってくる。彼のクラスに転向してきた、クリスという少女に自分だけに見えている角があり、そんな彼女に誘い出されるようにして連れて行かれた夜の路地裏で、雪弥は人を襲っている[M・E]を目撃する。そこに追いかけてきた流理が[M・E」に襲われそうになり、どうにかしたいと思った雪弥にクリスが「バイオレンスをあげる」と言って力を授ける。

 「キャノン・フィスト」。そうクリスに名付けられた力によって雪弥は、感情記憶合金を機甲化させ、巨大な拳に変えて[M・E]を叩きのめす。そのままクリスに導かれるようにして、[M・E]と戦う組織の一員となった雪弥は、そのメンバーとして以前から戦ってきた首抜聖弓という大男や、双翅彩火という少女とともに戦線に立って[M・E]を退治していく。もっとも。

 強い力には何かしらの反動があるように、「キャノン・フィスト」を使うことによって雪弥に何か代償があるかもしれないという可能性が仄めかされる。ノートに挟まれた覚えのないトレーディングカード。それは何かを失ったことによるものなのか。これからも失い続けるのか。その果ては。そんな疑問がこれからの展開にネガティブな未来を想像させる。さらに。

 雪弥たちの前に強敵として現れた、人間の姿をした[M・E]というま、るで「僕の学校の暗殺部」に出てきたいるか人間たちのような、倫理を持たず人をただ惨殺することに快楽を、というよりもはやそうした感情すら抱かず、人の記憶を暗い殺して回っている奴らの存在が、人類の戦いを困難にしそうな予感を浮かべさせる。誰がそうで、誰がそうではないのか? そんな疑心暗鬼を生む状態に、雪弥や人類を陥れて混乱を煽り滅亡へと向かわせる。

 やっぱり勝ち目はないのか。いるか人間たちとの戦いと同様に、絶望と諦めの中にページを閉じることになるのか。そうかもしれないけれど、ここにこうしてシリーズとして新たに立ち上がったことが、前とは違う結末を見せようとしたものだと信じたい。人類は弱くない。卑怯でもない。思い出を持ち、それを糧にして生き、未来を作り出すことができるはずだ。

 だから待とう。人類が勝利する時を。ハッピーエンドの喝采の中、雪弥が心底からの幸福を感じて笑う日を。その傍らにいるのは流衣か、彩火か、仲間で普段はアイドルをしている竜安寺灯か、同級生の燐か、雪弥たちの活動を助ける警察の大井警部補かは分からないけれど。


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