ぶっちぎりCA

 「鬼夜便悪天断人」と書いて「キャビンアテンダント」と読む。これ常識。どこの常識? 富士航空の。そしてたぶん世界の航空会社の。

 そんなはずない? でもそうあって欲しい。なぜなら「鬼夜便悪天断人」を「キャビンアテンダント」と読む世界では、飛行機にとっても楽しく乗れるから。そしてめいっぱいの温かいサービスを受けられるから。

 真っ当な乗客でいる限りは。

 真っ当だったら、羽田行きのモノレールが止まってフライトに間に合わず、事故に遭った母親に会えなくなりそうだった時、キャビンアテンダントがタラップを動かし階段の上に乗せて走らせ、車体を鉄柱にぶつけ無理矢理ブレーキをかけ、反動で体を飛ばして滑走路を走り始めた飛行機へと無理にでも放り込んで、札幌へと送り届けてくれる。とってもアメニティ。

 フライト中もとっても静か。酔っぱらって騒ぐリマーク(要注意人物)が現れても、手にした毛布をかけてあげて、ついでに毛布の縁を首にあてて両端をひっぱって頸動脈を締め上げて、そのまま静かにお休みしてもらう。

 着陸直前にトイレにこもって携帯電話をかけている人がいて、着陸が遅れそうになっても、キャビンアテンダントが扉を引きちぎって中に入り、携帯電話を握りつぶして会話を中断してくれる。だから静か。そして快適。気持ちよくフライトの間を過ごすことができる。

 あなたが真っ当な乗客でいる限りは。そして花園ひなこがキャビンアテンダントでいる限りは。

 大和田秀樹の「ぶっちぎりCA(シーエー) 第1巻」(角川書店、560円)に登場する、楚々そして見目麗しいキャビンアテンダントが花園ひなこ。「伝説のCA」と崇め畏れられる彼女が搭乗するフライトは、いつも喜びと感謝の笑顔で満ちあふれる。

 そして血しぶきで染まり飾られる。

 対立する学校の不良たちが乗り合わせてしまった機内で起こる殴り合い。あわてふためく新米キャビンアテンダントを抑え、乗り出した花園ひなこは機長と示し合わせて機体を急降下。発生した無重量状態の中、動けなくなった番長2人に向かって飛んだ花園ひなこは、両手を伸ばし2人の首を一気に締め、床へと叩きつけて黙らせる。

 これぞ必殺「CA0G(シーエーゼロジー)アタック」。キャビンアテンダントなら誰でも学ぶ必須の技術。テロリストが現れハイジャックしようとしたってこの技があれば即座に鎮圧、そして永遠の沈黙を与えられる。なんて安全。そして安心。だから誰もが欲して望むのだ。「鬼夜便悪天断人」と背中に刺繍を背負ったキャビンアテンダントの登場を。

 もっとも「伝説のCA」は一夜にしては生まれない。というより千夜を重ねたって無理らしい。時は江戸時代末期。15代将軍徳川慶喜の父で、水戸藩政の改革を成し遂げた名君、水戸斉明が軍艦を建造して外洋を公開した折、船酔いで気分を悪くした藩主をかいがいしく世話したのが花園右衛門、花園家のご先祖様だった。

 その功績を認められ、「伽便改方御免(きゃびんあらためかたごめん)」に取り立てられた右右衛門は将軍家の旅にも随行。初のキャビンアテンダントになりそれを家業にした。乗り物が船から飛行機へと代わっても、家業としてのキャビンアテンダントを一子相伝して来た花園家の現役が、花園ひなこという訳だ。

 100年を超える歴史と伝統に培われた遺伝子に、己が才覚も加えた最強にして最高のキャビンアテンダントを擁してこそ、富士航空は、そして「鬼夜便悪天断人」と書いて「キャビンアテンダント」と読む世界は存在する。そして誰もが安心して安全なフライトを楽しめるようになる。

 真っ当な乗客に限られるけれど。

 真っ当でいさえすれば花園ひなこはにっこりと笑顔で接してくれる。縁で締めないで毛布をかけてくれる。だから誰もが好きになる。好きになるけどでもここでひとつ注意。

 薄いスリムな胸板が愛おしいとは言ってはいけない。三十路手前の大人然とした振る舞いが頼もしいとは言ってはいけない。たとえ愛の言葉であっても、言えばあなたにまっているのは涙混じりの血の雨だから。

 それさえ気をつければ機内は平穏で地球も平和。だからやっぱり待ち望む。「鬼夜便悪天断人」が「キャビンアテンダント」と読まれる世界の訪れを。花園ひなこの誕生を。


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