仏果を得ず

 “伝統”とつこうが“芸能”なのだ。エンターテインメントなのだ。だから関わっている人たちがそろいも揃って堅物で、真面目で偉そうで威張っている、なんてことはあり得ないのだ。

 そうじゃないか。堅物で威張っている人たちが繰り出す芸が、面白くて楽しくて、心を揺さぶられるくらいに感動的なはずがないじゃないか。破天荒で人情味があって、誰かを喜ばせることが大好き。そんな人たちが作っているからこそ観られ、支持され長く愛され続ける。

 それが300年の歴史を持つ伝統芸能の「文楽」であってでも、だ。

 まさか? と疑うのだったら読めばいい。文楽の世界を舞台に描かれた三浦しをんの「仏果を得ず」(双葉社、1500円)を。そこには、ひたすら真面目でただただ堅物なだけの人なんてひとりとして出てこない。

 いや、真面目さという意味では、芸を極めたいと願う気持ちの真面目さだけは、すべての文楽に関わっている人たちが抱いている。ただし向かう対象が文楽である以上、机に向かい9時から5時まで鍛錬に励んでも、芸は一向に上達しない。

 江戸の時代に生きた者たちの心を今に蘇らせ、語る義太夫は言葉をただ朗読すれば良いというものではない。「ひらがな盛衰記」で忠義のために、妻と義父を結果としれ裏切る樋口次郎の行為をただのわがままと見るか、家族を得ながらもそれを裏切らざるを得ない男と、得た家族のために短い老い先を捧げる老人の間に浮かぶ感情は長く生き、家族の相克を知り得てこそ語れる。

 最初はそれが分からない。高校を出て大学へと行かず、文楽の研修所へと飛び込んだ笹本健大夫は、銀大夫という人間国宝の大夫について今なお修行の身。30歳を過ぎながらも未だ若手で、任されるのも全体ではさほど山場ではない部分が中心。そこに銀大夫から相方の三味線に兎一郎をつけると言われて驚く。

 大夫と三味線は、夫婦にも例えられるくらいに大切な間柄。その三味線を実力はありながらも変人と名高い兎一郎にしろと言われて迷うものの、師匠の命とあらば従うよりほかにない。一方の兎一郎も誰かと組むのをいやがっていたが、銀大夫の説得もあって渋々ながら健大夫と組み健大夫が自分の納得できる大夫になれるかを試す。

 親が文楽の家系でもなく、学校を出て始めてようやく10年といった健大夫だけに圧倒するような巧さはない。実直にこなしてそこそこにまで行くものの、銀大夫の域には遙かに及ばない。悩んだ「ひらがな盛衰記」の樋口次郎を軽々と演じてみせる師匠に感涙するだけだ。

 それでも諦めず逃げもせず、毎日を懸命に文楽に取り組み、借りて住んでいるラブホテルの一室で周囲の喧噪も気にせず義太夫を唸る鍛錬を重ねる努力は、兎一郎も認めるところになって、干されもせず追い出されもしないまま、健大夫はどうにかこうにか公演を重ねながら周囲に次第に努力の成果を示していく。

 そこに事件。健大夫が出向いて義太夫を教えていた、小学校に通う生徒のミラちゃんという女の子の母親に健大夫がひとめ惚れ。夫を亡くしてミラちゃんとふたりぐらしをしながら、キャリア女性として健大夫以上に稼いでいるその母親も、なぜか健大夫に興味を抱き、つき合い始めたところに娘のミラが自分も健大夫を好きだと言いだしたから困ったことになった。

 公演が手につかないくらいに大好きな母親と、健気で自分を好いてくれている娘との間で引き裂かれる気持ちが、健大夫の芸に影響を与えて銀大夫を怒らせる。女にうつつをぬかすな、手を切れと責められ諭される。

 もっとも、ただひたすらに芸にのめりこんで、言葉をさらうだけの大夫に恋の義太夫など語れるはずがない。兎一郎と出会い兎一郎が抱えた怒りや哀しみを知り、銀大夫が老境にありながらも見せる奔放な恋の様に呆れながらも羨望し、そして自らの恋の板挟みにさいなまれながら語られた「仮名手本忠臣蔵」での、勘平の忠心をまっとうできずにあがく様の激しさ強さ。事件を経て恋を知って健大夫の芸が大いに進歩を遂げた。

 成長といってもただひたすらに強くなるのとも違う。母親が好きになり、娘から好かれて板挟みになって苦しむ己に酔っているような男でもまた、文楽は語れないしそれより恋を語る資格すらない。男だからと責任を背負い被ろうとする男など不遜でしかない。誰を好きになるかの責任は女にだってある。そんな関係が重なりつながりあって出来ている社会を知ること。それが人間を前へと成長させるのだ。

 文楽鑑賞に通いノンフィクションまで著しているだけあって、文楽について学べるところの多い物語。なおかつ歌舞伎以上に堅くて厳しい世界に見えていた文楽が、人を楽しませるエンターテインメントであり、また人を楽しませられるだけの楽しみを知った人たちによって形づくられているのだと分かる物語。飛び込んでみたい。そう思わせるだけの魅力を放つ。

 本当のところは文楽の世界がこれほどまでに、芸には真面目でもそれを磨くためには破天荒に振る舞う陽気な人たちで占められているのかは分からない。言えることは「仏果を得ず」を読んで文楽に進む道を見出した若者たちがいたとして、描かれた世界を体現しようと精進した10数年後、誰もが知るほどに若い才能が文楽の世界に溢れだし、耳目を集めるようになったとしたら、その功績の一翼を「仏果を得ず」と三浦しをんが担っていることは確かだろう。


積ん読パラダイスへ戻る