BOOM TOWN


 柾悟郎の「ヴィーナス・シティ」は衝撃的だった。ウイリアム・ギブスンの「ニューロマンサー」以来、サイバースペースという言葉が注目され始めてはいたが、空間というよりはデジタル情報の海といった感じで描かれることが多かったし、そこにジャックイン(没入)できるのも、特殊な人材に限られていたように思う。

 それが「ヴィーナス・シティ」では、体の感覚を変換する装置が考案され、サイバースペースの中でも、現実の世界と同じような立ち居振る舞いができるようになっていた。感覚変換に細工をしてやれば、男が女になったり、女が男になったりするのも自由自在。お金さえあれば、永遠にサイバースペースの中に住み続けることも出来るという。スペース(宇宙)ともインナースペース(内的宇宙)とも違う新しいSFの舞台として、サイバースペース(電脳空間)は大きな可能性を持っていると確信した。

 それから6年と少し。富士通が運営している「ハビタット」「ワールズアウェイ」や、アメリカで運営されている「ワールドチャット」のような、2次元CG、3次元CGで描かれた空間の中を、やはりCGで描かれた自分を分身を操って他の人とコミュニケーションするサービスが、現実に幾つも登場して来た。しかし感覚を変換して、サイバースペースに入り込むことだけは、やはり実現できないと見える。現実のあまりにも早い進化に、SFが追いついていないと揶揄されることもあるが、ことサイバースペースに関しては、まだまだSFの方が現実を引き離している。

 内田美奈子の「BOOM TOWN」(竹書房)は、「ヴィーナス・シティ」で描かれたようなサイバースペースを、漫画によって視覚化した作品だ。ネットワーク上に作り上げられたサイバースペース「BOOM TOWN」を舞台に、「BOOM TOWN」上で起こる様々なトラブルを解決するために組織された、「デバッグ課」の面々が活躍するストーリーで、これまでに第4巻まで刊行されている。

 主人公の武部朱留は、「BOOM TOWN」の開発者だった父親に引っぱり込まれる形で、「BOOM TOWN」のデバッグをする仕事を始める。コンピューターによって操られ、「BOOM TOWN」の中でだけ人間を模した姿になれるパートナー「ゼラ」といっしょに、「BOOM TOWN」に発生する「バグ」(街のノイズ、巨大な虫、幽霊といった形で現される)を取り除く仕事に、日々精を出している。

 結構な遣り手と見られている朱留に、ハッカーの「ウィザード」が幾度となく絡むが、その度に撃退されてしまう。1度などはアクセスしている場所を突き止められ、機材を放り出して逃げ出す目に遭わされるのだが、よほど「BOOM TOWN」に惹かれているのだろうか、それとも朱留との闘いに意義(愛?)を見出しているのだろうか、性懲りもなく「BOOM TOWN」に入り込んでは、様々な悪さを仕掛ける。

 最新刊の第4巻でも、ウィザードはますます狡猾になって朱留に罠を仕掛けるが、そこは美人で有能でガサツな主人公。どうにか撃退して仲間を助け出すのに成功する。

 この作品が、「邪眼」他のいわゆる「サイバースペース物」と一線を画しているのは、「BOOM TOWN」の中にだけしか存在しない、コンピューターによって作り出された疑似人格「xyz−p」を置いた点だろう。彼ら(彼女ら)は、自分たちが感覚変換してアクセスしてくる一般の人々「ユーザー」とは違うことを知っている。持っている過去の記憶はコンピューターのデータでしかないし、恋愛の感情も怒りの表情も、プログラミングされた反応の1つでしかないことを知っている。それでも「xyz−p」は、自分たちの存在に疑問を持ち、悲しんだり悩んだりするのである。

 人工生命のように自分の意志を持ち始めているのか、それともやはりプログラムの所作なのか、つまびらかな説明はないが、一般のユーザーとそっくりで、けれどもどこか違っている「xyz−p」の存在が、時には人間存在そのものを見つめ直すきっかけとなったり、コンピューターの意志というものを考えさせられるきっかけとなって単なるサイバースペース捕物帖だけに終わらせないように、話に深みを与えている。

 次巻でもウィザードは、やっぱり性懲りもなく挑戦して来るのだろうか。たまには勝たせてやりたいけれど、朱留が負けるのもイヤだし、うーん難しい。前みたいに2人が強力して、別の敵と闘うってのもいいね。


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