ブラス・オブ・シェルオール 新世響奏の姫騎士I

 吹奏楽がテーマになったライトノベルといえば、遊歩新夢の「きんいろカルテット!」というシリーズがあって、顧問の方針に従わないからという理由で吹奏楽部から追い出された女子中学生たちが、音大生の指導で技術を上げて演奏会に出る夢を叶えるストーリーで、読む人たちを音楽好きかそうでないかを問わず、引きつける。

 この「きんいろカルテット」でもメインの楽器として登場するユーフォニアムが、タイトルになった武田綾乃の「響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部」という作品も出ている。あの京都アニメーションによってテレビアニメーション化がされることになって、トランペットやトロンボーン、フルートといった目を引きつける楽器とは違った、朗々として柔らかさを持ったユーフォニアムの存在を、「きんいろカルテット」ともども世に広めてくれそうだ。

 もっとも、両作とも舞台は現代の日本で、音楽をテーマにした青春と友情の物語といった構図も共通。これらに対して、是鐘リュウジという人の「ブラス・オブ・ジェルオール 新世響奏の姫騎士1」(エンターブレイン、580円)は、舞台も展開もまるで違っている。

 顧問に逆らったばかりに吹奏楽部の3軍行きを言い渡される男子高校生が登場する、という部分は「きんいろカルテット」に似ている。もっとも、久藤ハルトという名の高校生はリベンジを果たすことなく、異世界へと転じてそこで激しい戦いを経験することになる。

 世界的な音楽家でありながら、失踪してしまった祖父の楽器を整理していた時、不思議な光にハルトを包み込む。気が付くとそこは見知らぬ場所で、どこかからトランペットの音色が聞こえてきた。ここはどこだと慌ててはいても、根っからの音楽好きで聞く耳も持っていたハルトは、異世界にいっしょに来ていた自分のトランペットを取り出し、聞こえてくる音に対抗するように吹き鳴らすと、向こうも答えて、一種のセッションが繰り広げられる。

 いったい誰なんだ? そう思っていたところに現れたのが、リゼットという名の美少女で、ハルトの吹いた音色を聞いて、自分の楽団に引き入れたいと言い出した。元の世界に戻るのが先だと言って断ろうとするハルトだったけれど、リゼットは引かず乱暴にもハルトの腹を殴って気絶させ、自分たちが暮らしている砦のある場所まで連れて行く。そこでハルトが知ったのは、失踪した祖父が大昔にその世界にやって来ていて、音楽を残し楽器を残していたことだった。

 戦争を音楽の力で止めたとさえ言われる偉業によって、ハルトの祖父は神様のような存在となり、音楽がすべてに勝る価値を持つようにもなっていた。音楽家を目指す人も多くいて、リゼットもそうしたひとりだったが、少しだけ他の音楽家たちとはは違っていた。ハルトも驚く腕前を持つリゼットのほか、トロンボーン吹きのラナや、天才的なホルン吹きのイリスといったメンバーが響奏騎士団には揃っていた。けれども決してトップクラスという訳ではなかった。

 むしろ泡沫に近い扱いで、正規の楽団からは邪魔者扱いされているという始末。それというのも、ハルトがやって来たその世界、シェルオールではハルトの祖父が残した16曲の賛美歌だけが音楽として認められていて、それ以外を演奏したがるリゼットは、異端者扱いされていた。本当は王女の身でありながら地方にとばされていたとも、それが理由だった。

 祖父がハルトにだけ分かる言葉で残していた、元の世界に戻るためのヒントを得るには宮廷楽士に登用されなくてはならないのに、リゼットの楽団にいてはその資格を得るための演奏会にすら出られない。ハルトは迷う。このままま響奏騎士団にいるべきか、認められている音楽を奏でるべきか。そしてハルトは決断する。自分たちの音楽によって周囲を納得させることが大切だということに。ハルトとリゼットは仲間たちを誘って、他の誰も演奏したことのない楽曲に挑もうとする。

 たとえ16曲の賛美歌だけを聖典とあがめていても、それを完璧にマスターした者たちなら、音楽についての感動をしっかりと見に覚えているもの。ハルトたちが演奏して見せた現代から持っていった音楽は、他の者たちを感動させて、異端だと誹る気持ちを萎えさせ、共感すら浮かばせるようになる。国を揺るがすクーデーターが起こって、滅びるような危機に陥った時、渾身の思いで演奏したハルトのオリジナル楽曲は、すべてを包み込んで混乱を収めて、世界を新たな地平へと導く。

 音楽に満たされた世界で音楽を讃える人たちが、革新的であっても異端であっても心に届き響く音楽に対して批判的であり続けることはできない。音楽の持つ力と、音楽を奏でる喜びを教えてくれる物語。それがこの「ブラス・オブ・シェルオール 新世響奏の姫騎士1」だ。

 ハルトの登場で大きく変革を遂げた世界が、これからどうなっていくのか。ハルトは無事に元の世界へと帰ることが出来るのか。続きを追いかけていくのが楽しみだ。


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