宇宙軍士官、冒険者になる

 “異世界転生・俺TUEEEE”がライトな小説のカテゴリーでひとつのトレンドであり、フォーマットだとしたら、これはその変奏とでも言えるのだろうか。すなわち“異星墜落・科学TUEEEE”。神の領域へと踏み込む転移なり転生といった超常現象を避け、現実の中で起こりえることへと変更し、賦与される異能の代わりに科学技術を持ち出して無双の可能性を残し、目新しさと馴染みやすさを両立させようとしている。

 それが、伊藤暖彦による「宇宙軍士官、冒険者になる」(エンターブレイン、1200円)という小説で使われている手法。宇宙を航行する戦艦に乗っていてコールドスリープから目覚めたタイミングで起こった事故で、アラン・コリントという銀河航宙軍宙兵隊の士官だけが助かって、その身一つで近隣にあった大気が人類にとって呼吸可能な星へと不時着する。コリントは胎内に<ナノム>と名付けられた軍事用のナノマシンを保持していて、ウェアラブルコンピュータ的な機能を持ったそのナノマシンからさまざまな知識も得て健康管理も受けながら、未知の星を生き抜いていく。

 さすがは科学力(かがく・ちから)といったところで、地表に生えている草とかが食用か否かを瞬時にナノマシンが分析し、示唆してくれるのはとてつもなく便利でなおかつ道の異星で生きていく上で不可欠の機能。元より調理に興味があったため、採取した食料を加工するのは覚えた知識でまかなえる。持ってきた武器も使えばそれなりに猟もできる。たったひとりということを除けば、生きていくことだけはできた。

 そして加えてその星には生物がいて、なおかつ人間と同じ遺伝子を持って文明を育んでいたりしたから、コリントはたったひとりでいつ来るともしれない救援を街ながら、ロビンソンクルーソーのようにサバイバル生活を続けるだけでは済まなくなった。墜落して間もなく、獣に襲われている一群を見かけてコリントは駆けつけ助けようとする。多くが殺されてしまって、助かったのは少女がひとりだけ。それも腕と脚を食いちぎられてて瀕死の重傷だったところを、ナノマシンを含ませ治療を行い助けては、その少女から言葉を覚え星のことを学んでいく。

 クレリア・スターヴァインという名だった少女は実はとある王国の王女で、反乱に遭い父王ほかが処刑される中、助力を求めて逃亡の旅する途中だったとか。彼女が繰り出す魔法をアランはナノマシンの力で解析し、力の変動などを覚えて自らも使えるようにしたからクレリアも驚いた。このあたりは、異世界転生に割とあるチートな設定ではあるけれど、科学という理屈が乗せてあって納得しやすくなっている。チートといっても、敵が幾万も押し寄せてきたら勝てないところも、決して無双とは言えない。

 だからコリントとクレリアは、急ぎ父王たちの復讐に走ろうとはせず、追っ手をさばきならがだんだんと仲間を増やし、金を稼いで敵だらけの中で生き抜こうとする。文字通りに四面楚歌な状況に置かれているクレリアがすぐに国を奪還するのは恐ろしく困難。そうした中、とりあえず冒険者として登録したコリントとクレリアと、そしてクレリアと知り合いらしいエルナ・ノリアンという少女の3人が繰り広げる冒険が、どこに向かうかが今は楽しみだ。

 墜落して崩壊したものとコリントは受け止めた航宙艦イーリス・コンラートもAIの奮闘があってどうにか機能を保ち、星のあちらこちらに支援用のメカを投下しつつ完全復活へと向けて調整を行っている。いつかコリントと再会を果たし、圧倒的な科学力が加わって、それが不時着した星に元からあった魔法との融合も果たした先でコリントたちはどれだけの活躍を見せるのか。一方で人類とまったく同じ遺伝子を持ったその星が、どういった経緯を辿って発展したのか。いろいろな興味と疑問が解消され、そしてクレリアの戦いが成果を得られる時を見据えて読み続けていこう。


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