ブルー・ハイドレード 〜融合〜

 「銀盤カレイドスコープ」は歴史に残る傑作だった。ジャンルはスポーツ根性物。とはいえ主人公の桜野タズサは根性なんて表には見せず、悪口雑言の限りを尽くしては世間をあたふたさせる強烈なキャラクターの持ち主で、そんな彼女がフィギュアスケート選手として成長していく姿を描いた物語で、ライトノベルの文庫の中でもトップクラスの期待度を持つに至った。

 そんな作家、海原零の待望された新作「ブルー・ハイドレード 〜融合〜」(集英社スーパー奪取文庫、600円)は、「銀盤カレイドスコープ」シリーズの路線をガラリどころかまるっきり取り替えて挑んだ設定&ストーリー。読んでこれのいったいどこが海原零なんだ、期待したのは悪口雑言の限りを尽くす強烈無比なキャラクターなんだと、怒り出す人だって出そうな位に様変わりしている。

 もっとも。そんな人でも読み終えれば次々に繰り出される特徴と信念を持ったキャラクター群と、逆転また逆転の果て、スリルと緊張感にあふれた描写に、これこそが海原零なんだと頷き、ため息をついて感心することだろう。

 舞台は地球ではないどこかの惑星。413年前に謎の病気が全土に蔓延して、32億人の人類をほとんど死滅させた上に、人類のすべてを保菌者にしてしまって、地上に人類が住めないようになってしまった。海の中に逃げた人だけが、なぜかは分からないものの発病を免れ、かろうじて生き残ることができたが、地上に出れば発病は避けられず、人類は仕方なく海の中に国を作り、文明を再興させながら生き延びていた。

 そして413年後。いくつかに分かれて対峙し合う国々のひとつに生まれ、士官になるべく訓練後悔にあった8人の候補生が乗った潜水艦が敵に遭遇する事件が勃発。そこで艦を率いる無能な館長が愚策を繰り出し撃沈される危機へと艦を陥れる。こんな所で犬死にはしたくないと、士官候補生の1人、ソリカという少女が極刑を覚悟で命令に逆らい、艦長を退け一部の仲間の支援も受けて撃沈の危機だけは乗り切る。

 けれども、紆余曲折を経て今度は自分たちの母国と敵対している国の捕虜となってしまい、そこでソリカはやはり母国へと引き渡され、極刑に処せられる運命がほぼ確定しまう。ところがところが。そこに現れた謎の少女。伝説の海賊の娘として育てられたトパーズの不思議な力と明晰な頭脳が、決してまとまってはいなかった8人の候補生たちを1つにまとめ、大海へと、反逆という名の自由へと導いていく。

 ミノフスキー粒子がモビルスーツどうしの格闘戦という、傍目には不可思議な設定に根拠を与えリアルなものにしてしまったように、病気によって人類を海へと沈めた基本設定によって、潜水艦だけによる戦いにリアリティを持たせた設定にまず感心。その上で、若い士官候補生たちの反乱と逃亡というドラマを繰り広げ、その核に謎めいた少女を据える設定に構成に展開の妙が光る。

 なおかつ8人いる候補生たちの、それぞれに独特なキャラクターを持たせて組み合わせて動かす巧さ。決して迷わず混乱もさせられず、それぞれの事情を背景に好悪を抱きながらもぐいぐいとページを繰らされる。何よりも潜水艦どうしのスリルに溢れた戦闘描写が圧巻。音だけを頼りに戦い、音によって死がもたらされていることを知り、絶望感に浸らされる密閉された空間での状況に身がすくむ。

 果たしてそうした戦闘描写がリアルなものなのかどうかを、判断できる軍事や潜水艦に関する知識はなく、評価は専門家に委ねたいところだけれど、一般的には読んで決して齟齬はなく、存分に納得させられる。これがデビューから3作目でシリーズでは2つ目とは思えない完成度。海原零。完全に完璧に抜け出した。


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