クロバンス戦記
ブラッディ・ビスカラ

 p19というイラストレーターが描く、ドレス姿の美少女が手をさしのべながら微笑む、いかにもライトノベル然とした表紙絵に誘われて、高村透の「クロバンス戦記 ブラッディ・ビスカラ」(電撃文庫。630円)を読もうものなら、たちどころにフランス革命やらロシア革命といったものに漂う、熱情と喧噪、戦闘と謀略の渦に引きずり込まれ、大義を語って持論を通そうとする主義者たちの、非道さに唖然としつつも取り込まれ、共に血塗られた道を歩むことになるだろうから覚悟して手に取れ。ページを開け。

 物語はビスカラという少年と、ラスカリナという少女が山中を彷徨っている場面から幕を開ける。国を追われたお姫様と、彼女を慕う幼なじみの少年による逃避行。そこを何者かによって救われた2人は、まず居場所を得て、仲間を作り、地歩を固めてそして反抗へののろしを上げる……。そんな展開が雰囲気からまずは浮かぶだろう。

 けれども、物語はそこでいったんリセットされる。ラスカリナという少女の傷は相当に重くて治療が必要だけれど、近場は敵に抑えられているようで、治療ができそうな場所はない。仮に立ち直ったとしても、2人には新たに仲間にできそうな人々などいない。というよりも直前に、すべての仲間と居場所を失ったばかりだった。

 まさに絶体絶命といった状況で、ビスカラは「やりなおすことができれば」と願う。そこに現れたのは……。そんな場面が綴られて始まった本編は、ティーエブル攻防戦という、ビスカラが山中にラスカリナと逃げる直前まで繰り広げていた戦いの渦中へと時間が巻き戻される。立てこもっているのは革命勢力「黄金の地平」の面々。その中心メンバーとして、貴族でありながらも革命の指導者的な立場にあるラスカリナの信認も厚いビスカラは、国王による討伐軍が迫る中で、“前”とは違った戦略を選んで敵を退ける。

 なぜそんなことができるのか。ちらつくのは謎めいた女性の影。その目的は。18世紀末から繰り広げられたフランス革命や、その後のナポレオンによる独裁へと至った現実の歴史をつぶやきながら、同じようにはならないようにビスカラに釘を刺す姿に、時空間から離れた場所で幾重にも枝分かれし、あるいは並行して走る時間線をながめながら実験を繰り返す存在が思い浮かぶ。超越者? それとも神? 語られないまま物語は進む。

 そもそもどうしてビスカラが魅入られたのか。帝都にあって軍人の息子として学校で主席に匹敵する成績を収めながらも、王政の国家につきまとう統治や経済、格差といったものに関する問題を論文として書き記し、体制に反する勢力から注目を浴びていたこともあって主席を与えられずにいたビスカラ。それでも揚々として若き俊英を気取っていたビスカラに、凄絶な現実が突きつけられる。

 王政への不満が爆発して起こった闘争が、反体制的な勢力を根こそぎ討伐する場面に行き合わせたビスカラは、どうしてこうなってしまったのかを己に問う。そして現れた謎の女性に誘われるがままに時間を巻き戻し、その場面での最善を選び取ることに成功する。愛する者を引き替えにして。

 そう、自由には責任がつきまとうように、奇蹟には代償が求められる。ひとりの犠牲をはらってビスカラは反体制勢力をラスカリナとともに築き上げ、同じような目的を持った者たちを周囲に得ながらだんだんと勢力を拡大していく。そして戦い、失敗すれば別の犠牲を差し出し、違う道を探ってやりなおす。バッドエンドに至ったゲームをやり直し、負け戦を勝ちに変えるための戦略を探って選び取るような面白みを感じられる設定だ。

 一方で、市民革命の勃発と権力争いによる内ユン、そして粛正から独裁へと至るような道をフィクションの上で再現する、一種の歴史物とも言えるストーリー。それが美少女だらけの世界で描かれるところがライトノベルのレーベルならでは。ラスカリナを信奉し、ビスカラと対立するベルナレット。ビスカラの参謀的な立場にありながら、自身の野心も燃やしていろいろと画策するトルエノ。可愛い顔をしてやることは革命の闘士的に血の気が多かったり、独裁者の傲慢さを備えて苛烈だったりするギャップにユニークさが漂う。

 すべてを見通し、やり直す鍵にもなっているだけにビスカラが場面場面で感じる重圧は凄まじく、失敗するかどうかも分からないまま突き進んでいた歴史上の革命家たちにはない苦悩が漂う。加えて、ひとつのやりなおしでひとつの最愛を失うペナルティも、ビスカラの日々に激しい懊悩をもたらす。

 その究極として選ばざるを得なかった道は、本当に正しかったのか。誰かのために始めたこと、それ自体が目的化して肝心の誰かを置き去りにしてしまう歴史の、悲劇的で滑稽な様が改めて浮かび上がってくる。最大ともいえそうな悲しみを経て、いったいビスカラは何を目指すのか。その先に広がっているのは誰もが納得できる未来なのか。

 数々の革命を経て、変化も得ながらたどり着いた今の社会だけれど、過去の失敗を糧としつつも過去の過ちを繰り返している部分がなお残る複雑さを呈している。そんな社会にこれこそが最善だという道を、どれだけの犠牲をはらってビスカラがつかんでのけるのか。それとも最善などないのだということを突きつけられるのか。読んでみたい。この先を。


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