ブラックナイトと薔薇の棘
a black knight×a thorn of rose

 強がりは寂しさの裏返し。辛いこと、悲しいことがあった時、人はそんな気持ちを内側に押し込んで気丈に振る舞う。辛くない、悲しくないと強がってみせる。辛いことがあったら頼ればいいのに、悲しいことがあったら泣けばいいのに、そうしないのはたぶん、自分とおんなじ辛い気持ち、悲しい思いに他の人を引き込みたくないという、優しい心があるからだろう。

 けれども人はいつまでも、辛いこと、悲しいことを内側に押し込んだままで生きていけない。強がってばかりだといつか無理が出て壊れてしまう。そうならないためには誰かか強がりの裏側に見え隠れするシグナルを、感じ取って手をさしのべることが必要だ。見せかけの強さじゃない、本当の強さが必要だ。

 「ブラックナイトと薔薇の棘」(メディアワークス、590円)という、ちょっと不思議なタイトルの小説に描かれているのも、そんな風に強がっていた”女の子たち”を勇気や行動力といった本当の強さが救い、導いてあげる物語だ。”女の子たち”という複数形の人称にはちょっとヒミツがあるけれど、それは読んでのお楽しみ。とりあえずはどんな話かを知ってもらおう。

 物語はとある高校のIT部が持つインターネットの掲示板に、不思議な書き込みが行われたことに始まる。送り主は「天空のアイ」。永遠の別れ、というより自殺をほのめかすような内容の文章に驚いたIT部の部員たちや掲示板の投稿者たちは、文面から15歳らしい「天空のアイ」を探しだし、自殺を踏みとどまるよう説得しようと試みる。

 その名代に選ばれたのが黒崎雄一、ハンドルネーム「ブラックナイト」で書き込みをしていたIT部の部員で、学校を出てこれも以前の書き込みから当たりをつけた地区へと出向いて学校をめぐり、休んでいる「アイ」らしい生徒がいないか探そうとする。

 ところが雄一が行くより先に、「アイちゃん」を探そうとする少女がいた。「薔薇の棘」と名乗った彼女は、掲示板で「アイ」がお別れの書き込みをした時に、いちばん激しく反応して、駅前で待っているから来てというメッセージを残した人物だった。「天空のアイ」は結局あらわれず、「薔薇の棘」は単身で周囲の学校をひとつづつ当たり、「アイ」を探しだそうとしていたのだった。

 顔は美人。けれども口調は居丈高。行動も乱暴でいやらしいことをしたり、考えたりしていると思ったら相手がだれでもパンチを食らわす行動派の「薔薇の棘」。初対面の雄一と連れだって、バイクを駆って「アイ」らしいと思われる欠席中の少女を片っ端から回ることになっても、2人のそんな”緊張”した関係だけはなかなか崩れなかった。

 「薔薇の刺」はどうして、面識もない「アイ」を探すことにこだわるのか。書き込まれた掲示板の持ち主としてどこか巻き込まれた感もあって、どこか冷めた気持ちで「アイちゃん」探しに当たっている雄一から見て、最初はその「薔薇の棘」の強さはまぶしくも見え、疎ましくも思えたようだった。

 けれども次第に明らかになる「薔薇の棘」の過去、今は兄と2人暮らしという彼女の過ごして来た半生に、強さは強がりに過ぎなくって、そんな強がりが自分とともすれば重なる「アイ」という寂しさに震え、辛さに怯え、悲しさに泣いているかもしれない”少女”探しに向かわせているのでは、といった想像が浮かんでくる。

 と同時に、同情されたくない、かわいそうだと思われたくない、悲しんで欲しくない気持ちが「薔薇の刺」の辛さ、悲しさを覆って強がらせているのでは、といった想像もわいて来る。そうした過去を「薔薇の刺」の兄から知った雄一は、彼女の前で同情も動揺も見せず、それまでどおりの態度で接する。その強さが、「アイ」というもうひとりの「薔薇の棘」を探そうとする中で、本当の「薔薇の棘」の強がりを溶かし、本当の強さへと変えていく展開が心に染みる。目にまぶしく映り込む。

 「天空のアイ」とは結局何だったのか。それも読んでのお楽しみとして、ひとついえるのは「アイ」もまた、強がっていたのではなかったのか、といったことだ。その出自から、感情を持ち得なかった「アイ」がふとした弾みでえた感情は、コミュニケーションを生み出し「ブラックナイト」や「薔薇の棘」といった仲間を与えた。

 お別れを告げなくてはいけなくなった事情に、「アイ」は粛々と状況を計算して”覚悟”を決めたように最初は見えた。けれどもさまざまな支障を乗り越え、謎の男たちの追撃もかわして「アイ」を追いかける「ブラックナイト」と「薔薇の棘」の予想を超えた行動に、いつしか「アイ」は頻繁に言葉を返すようになり、最後の最後までコミュニケーションを保とうとする。

 本来は持ち得ることのなかった、けれども芽生えてしまった”感情”が与えた消えることへの恐怖と悲しみが、最初「アイ」を強がらせ、そして仲間たちのどこまでも追って来る強さが最後に「アイ」を強くした。そんな強さがまた「薔薇の棘」へと戻って彼女を強くした。形こそ、種類こと違え”彼女たち”は強がりを強さに変えて、1歩先へと足を踏み出した。物語が与える余韻に、悲しい人も辛い人も強がっている人も、きっと何かを得られるだろう。そして与えたくなるだろう。強さを。本当の強さを。

 作者の田村登正は「大唐風雲記」のシリーズが好調な作家で、年齢は聞くところによると50歳を越えているという。にも関わらず「ブラックナイトと薔薇の棘」に描かれている少年と”少女たち”の青春は、今の世代にも響き、大人の世代にも甘さと切なさと優しさを感じさせてくれる。雪乃葵の筆になるイラストがまた良く、媚びてもなければ突き放してもいないタッチで、ページを繰る目に内容が醸し出す清冽な感情をわき上がらせる。

 コンピューターとか科学とか、いろいろと指摘すれば指摘のしどころも科学的にはあるのかもしれないけれど、そーしたディテールよりもサスペンスフルに進む展開の中で、悲しい運命を目にし、主人公も含めたキャラクターたちのサポートも受けながら、心を堅く閉ざしたまま強がっていた”少女たち”が、自分を理解し、自分を取り戻していく物語として読み、何かを感じてもらいたい。


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