ビブリア古書堂の事件手帖 〜栞子さんと奇妙な客人たち〜

 同じ本好きで、巨大な胸元の持ち主で、眼鏡をかけた美少女(読子を少女というのはやや木がひけるが)が主人公になっていても、倉田英之の「R.O.D」シリーズとは大違い。読子・リードマンは紙を自在に組み合わせて戦うけれど、篠川栞子は本に関する知識で戦う。

 三上延の「ビブリア古書堂の事件手帖〜栞子さんと奇妙な客人たち〜」(メディアワークス文庫、590円)に登場する篠川栞子は、得意な能力など持たない、いたって普通の人間で、鎌倉の片隅にある古書店を父親から引き継ぎ、持っている本の知識をいかして、どうにか店をやりくりしていたが、とある事故で怪我をして、病院に入院をしてしまった。

 そんな栞子をたずねてきたのが、6年ほど前にも1度、その古書店で働いている栞子をみかけたことがあったという青年。祖母が死んで、家に残された夏目漱石の全集に1冊だけ混じっていた、夏目漱石というサインと、見知らぬ男性の溜め書きが入った本がいったいどいういうものかを知りたくて、売られた古書店をたずねていった。

 そして青年は、店番をしていた妹から、店主をしている栞子の話を聞き、入院先を聞いて病院をおとずれていった先。すでに没していた以上、絶対に有り得ない漱石のサインと、そして溜め書きのサイズとの不調和から、栞子はあっさりとサインの秘密を解き明かし、祖母に秘められていた過去を探り、青年が本嫌いになった原因で、彼が幼少の頃、その本を手に取っていた時に見せた祖母の怒りの理由を解き明かす。

 それからも、ホームレスながら該博な本の知識をいかして、安く買った古本の価値を見抜き、高く売って利ざやを稼ぐせどりをたしなんでいる男が、女子高生に小山清の文庫を奪われてしまった事件から、少女の一途さを探り出すエピソードがつづられ、クジミンの「論理学入門」を挟んだ、夫婦の情愛の再確認を描いたエピソードがつづられる。本にまつわる知識の豊富さ。人間観察の奥深さ。栞子という女性が持つ才能が披露され、本好きなら誰でもファンにさせる。

 そして、太宰治の初版本をめぐる戦いが、本編のように現れて来ては、まったくもって本好きという存在は、といった感慨を覚えさせるエピソードへと続く。そのいずれのエピソードでも、病院のベッドに横たわり、あるいは座りながら、話を聞き、状況を見てそうだと探り、謎を解き明かしてしまう栞子の、安楽椅子探偵ぶりに感嘆させられる。よほどの本好きでなければここまで、活躍はできないだろう。

 と同時に、それらを考え出した作者の三上延の、意外な才能にも驚かされることしきり。普段はライトノベルという分野で、異能バトルや異世界ファンタジーを書いている作家に、古書への知識やミステリーへの造詣があったとは。もとより「偽りのドラグーン」でも、謎めいた事件を解き明かすミステリー的なエピソードがあった作家だが、その才能を本格的なミステリーの、それも他に類例の覆い古書ミステリーで発揮してみせた。これからの活躍に期待がかかる。

 楚々として本が好きで古書店を営んでいて美人でスタイルも……という、理想過ぎる女性像が描かれている点も、「ビブリア古書堂の事件帖」の嬉しいところ。そんな店主が現実にいたら、誰だってその古書店に通って通い詰めるだろう。月並みな知識では鼻もひっかけてもらえないかもしれないが、それ故に学ぶ楽しさもありそうだ。

 とはいえ、過去から現在、そうした人を古書店の店主として、ついぞ見かけたことがないのもまた現実。探すより諦め、物語の中の栞子の立ち居振る舞いに、心躍らせるのが良いのかもしれない。だからこそ願いたい。今一度の栞子の登場を。そして活躍を。


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