大正月光奇譚 魔術少女あやね
1.月光遊技場の地下に罪人は棲む

 百合ものだけれど師弟愛ものでもあって、ケモノミミもふんだんに出てきて、そして何より魔術が飛び交い、怪異が跋扈し、美女に美少女たちが乱舞する東京の、絢爛として豊潤な雰囲気に満ちあふれた物語が、大橋崇行による「大正月光綺譚 魔術少女あやね 1.月光遊技場の地下室に罪人は棲む」(辰巳出版、1200円)だ。

 女学生の望月彩音は両親がおらず、ひとりでアパート暮らしをしているけれど、特に苦学生という訳でもなく、蔵前女学校にある文藝倶楽部に所属して、友人の檜山凪や、美しくて優しい先輩の朝霧楓部長に囲まれ、明るく前向きに日々、学生生活を営んでいた、そんなある夜。

 東京府を騒がせている女学生の失踪事件の話を聞いた後、帰る途中で危険な狗を使う少女と対峙し、襲われたいたところを、如月藤花という名の女性に助けられる。彼女は魔女で、狗の毒めいたものから彩音を守り、黄薔薇(こうしょうび)という名の娘に命じて、彩音を浅草六区にある月光遊技場(ルナパーク)へと連れて行き、パークを囲む塀に開いた扉を抜け、屋敷の中へと引き入れて、そこで治療を施した。

 翌朝、月光遊技場を出されて実は猫だった黄薔薇に見送られ、彩音は自分の暮らす部屋へと戻ることになる。ふだんだったら魔女と出会った記憶は消されるはずなのに、彩音の記憶はなぜか藤花には消されないまま。その不思議さが後で意味を持ってくるんだけれど、その場は気づかないまま帰ろうとしてたその途中、彩音は捨てられていた猫に出会う。おまけになぜか猫と会話ができてしまう。さらにはその猫を人間の姿にしてしまう。これには彩音も驚いた。

 藤花が注いだ魔法の力が残っていたにしては、少しばかり大きな魔法の力。それは、彩音がもとより持っていたものらしいけれど、どうしてそれがあったのかも、彩音の記憶が藤花に消されなかったことと関わる話。そこに藤花の過去の因縁が絡んでくるのだけれど、それも含めて後半以降に繰り出されて、物語の舵をただフワフワとした女学生による魔法少女修行ストーリーから、シリアスな方面へと切らせる。

 前半はまだ、そういったところはなく、彩音はその資質を見込まれるように魔術乙女となって藤花に弟子入りし、夜の東京府を騒がせ、自らも襲われた狗を操る謎の少女を相手にした戦いへと身を投じる。魔術乙女の登録をしに東京府庁へと行って、49階に棲んでいる魔女の元締めの皇胡蝶(すめらぎ・こちょう)と出会った場面の、胡蝶が最初はどうにもポンコツなところとかが読んでグフフと笑える。同僚とも言える魔術乙女が実はとてつもなく親しい相手だった場面は、百合百合した雰囲気があって笑えてニヤつける。

 それが、どうやって魔術乙女が魔女になるのかという設定、そしてかつてひとりの魔術乙女が慕いすぎた魔術乙女を相手に大変なことをしでかしたという過去、藤花が罪人と呼ばれてほかの魔女たちから疎まれ嫌われている理由などが浮かんで、永遠の命と不思議な力を得る代償、あるいは因業めいたものを思い知らされる。

 格好いいとか可愛いとか、誰かが好きだとか一緒にいたいといったうわついた気持ちだけでは、とてもじゃないけど耐えられないその過酷な運命。でも、目先の欲に負けて踏み込んでしまうこともあるという悲劇を知ってなお、彩音はどういう道を選ぶことになるのだろう。そこが今はとても気になる。

 藤花や楓先輩といった、周囲にあって彩音のことを心配したり守ったりする面々との関係を一方に見つつ、親友だったはずの凪という少女が、ある理由から背負ってしまった過酷な運命とどう向き合い、そして彩音たちとどう絡んでいくのかも気になるところ。そして何より彩音自身がどう決断し、どう成長していくのかを見届けたい。そんな物語だ。

 舞台が大正100年というから、西暦に当てはめれば2012年くらいであるにも関わらず、技術も雰囲気もどことなくモダン東京といった社会の描写が面白い。元号でありながらどうしてそれほど長く維持されているのかも気にかかる。そのあたりに秘密があるのか、単純に改元がないだけなのかも含め、置かれた世界の状況をもっともっと知りたいところ。

 その上で、魔術乙女や魔女に課せられた運命の行方と、誰もが幸せになれる時の訪れを期して待ちながら読んでいこう、シリーズの続きを。


積ん読パラダイスへ戻る