ある小説家をめぐる一冊

 言葉には人を動かす力があるし、物語には人を誘う力がある。選りすぐられた言葉によって紡がれた流麗な物語は、読む人をその描かれた世界へと引きずり込んで、そこには存在していないビジョンを見せ、そのビジョンに染め上げ、経験もしていなかったことをそんことがあったかもしれないと思わせる。

 自分が覚えている過去の経験、あるいは脳裏に浮かぶ思い出はもしかしたら、人生のどこかで読んだ物語によって刻まれ、植え付けられたものかもしれない。遡って過去にたどり着いても、だからそんな世界はどこにも存在していない。栗原ちひろの「ある小説家をめぐる一冊」(富士見L文庫、600円)はそんな、物語が持つ力についても物語だ。

 出版社に入ったものの真面目すぎる性格もあって壁に当たり、大作家を怒らせてしまった田中庸を見るに見かねて、同期入社の男がある作家を紹介する。名を些々浦空野という作家はまだ大学生で、3年くらい前にホラー作品でデビューして評判になった。どこか浮き世離れした顔立ちをして着物をまとった少女の姿が、デビュー時の写真として残されている。

 将来を嘱望されたものの、なぜかその後、恋愛小説に転じてしまいなおかつ評判は今ひとつ。心に傷のあるタイプのエンタメで行けば良い作品が書けるのにと同期に言われ、担当してみないかと誘われた田中庸は、面会の約束を取り付け些々原空野の家を訪ねていく。

 そこは鬱蒼と木々が茂った屋敷で、応接室に通されお手伝いさんらしい人と話をしていたものの、些々浦空野はなぜか約束を違えて姿を見せようとしなかった。天災によくある繊細で気むずかしい神経質な性格なのか。そんな印象も浮かんでくる。機嫌を損ねたらまずいと田中庸も引き下がるけれど、応接室にいた時間に耳にした、誰かが倒れるような音が気になり、お手伝いさんの突っ慳貪な態度も引っかかった。

 もしかしたら、些々浦空野は狂信的なファンに捕らえられ、監禁されているのではないか。そう思い込んで夜、家を訪ねていくと庭先に書きかけの原稿が落ちていた。読むとデビュー作の原稿で、それも出版されたものとは違っていた。続きが読みたい。そう思い歩き、また落ちていた原稿を拾って読んでいった先に見つけたのは、廊下に倒れたひとりの少女だった。

 そして始まる猟奇の物語、かと思うのが普通の感覚だけれど、近寄って介抱するとどうも雰囲気が違う。生きていて、腹を空かせていて眠気にまみれているだけらしい。見渡すと部屋は散らかっていて、衣服も乱雑に投げ出され、本を開くと食べかけの菓子が挟まっていると言う体たらく。見かけは美しく繊細そうで、書く物も流麗として深淵な作家の美少女作家の本質は、書き始めたら周りが見えなくなり、食べるのも億劫になるちょっとズボラな干物女子だったという、そんな逆転の驚きをまずは味わえる。

 ただし、書くものの威力は凄まじく、担当になるかと誘われ左側手にしたデビュー作を、田中庸は時間を忘れるくらいに読み耽ってしまった。そこには人を引き込むだけの力があった。そして目覚めた些々浦空野が話すには、自分が書いたデビュー作のモデルにした男性俳優に不幸が起こったりして、書いたものが現実になる力があるのではないかと思うようになったという。

 だから書き直そうとして書けないでいたのがここ最近。聞いて田中庸は担当となり、些々浦空野に新しい小説を書いてもらおうと力を付くし、外に取材に連れだそうとして、そして作家と編集者の奇妙でちょっぴり愉快でもある創作と再生、そして探求もストーリーが幕を開ける。

 冒頭から、些々浦空野のデビュー作として挟み込まれる短編の断片があり、途中で、彼女の祖父で幻想作家として名を馳せた笹浦雪知の書いた作品も登場して、その幻想的で幻惑的なビジョンが繰り出される。読んで田中庸が引っ張り込まれ、居もしない猫をそこに感じたように、他の誰かも些々浦空野の小説なり、笹浦雪知の小説に現実を感じ、記憶として刻んで信じ込んでしまうエピソードがつづられていく。

 笹浦雪知が書いた『箱庭病棟』という作品を巡るエピソードでは、過去にあった入院の経験に本で読んだ描写が紛れ込んで、あり得なかった記憶が形作られてしまう。そんなことがあるのかと疑いたくもなるけれど、病院という閉鎖的な空間で、未来に漠然とした不安を抱えていた心が、手にした物語に観た世界に憧れ、いつしか自分の記憶にしてしまったのかもしれない。それが名があり力を持った作家の描写ならなおのこと、記憶を書き換えてしまって当然だ。

 言葉には力があり、物語には魅力がある。そんなことを改めて思わされる物語。そして同時に、祖父の書いたものと、自分の書くものとの間に横たわる作家としての力量に、些々浦空野が行き当たって悩む様が、身を削って言葉を紡いで世界を作っても、その先をどこまでも求め進んでいく生き物なのだと、作家という存在のことを思わせる。

 とはいえ、いくら繊細そうな美少女作家でも、現実にはズボラで怠惰でそれでいて好奇心も旺盛な普通の女子だということもひとつの真実。いや、それは些々原空野だけのことなのかもしれないけれど、そんな彼女だからこそ、田中庸の存在に感化され、止めていた時間を前へと進めようと思ったのかもしれない。実写映画化されたとしたら、そんな些々原空野を演じられるのは誰だろう。やっぱり広瀬すずだろうか。


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