攻殻機動隊ARISE
眠らない眼の男 Sleepless Eye1

 北久保弘之監督によるプレイステーション対応ゲームのオープニングムービーを勘定に入れなければ、まず士郎正宗による原作の漫画があり、押井守監督による映画「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」とその続編「イノセンス」があってさらに、神山健治監督による「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」のシリーズがあってと、過去に3つのシリーズが作られていた「攻殻機動隊」。

 そのことから、第4の攻殻と呼ばれるのが黄瀬和哉総監督による「攻殻機動隊ARISE」シリーズは、キャラクターのビジュアルも新しければ担当する声優も真新しく、そして音楽も過去に手がけた川井憲次とも菅野よう子とも違ったテイストで鳴り響いて、目新しさと同時に耳新しさを観る人に与える。

 実際、2013年6月22日に劇場公開されたシリーズの第1話となる「攻殻機動隊ARISE border:1 Ghost Pain」を観た人の少なくない数が、コーネリアスが手がけた音楽について毀誉褒貶、さまざまな言説を発信。ひとつはベストとの絶賛で、うひとつは当然のように批判や罵倒となっていた。そのどちらが適切かは過去のシリーズに対する思い入れの差などもあって、人によるだろう。

 ただ、コーネリアスによる音楽が、透き通って突き抜ける雰囲気を持っていて、熱さや泥臭さや怖さとは違ったサスペンスストーリーならではの興味と惑いと驚きを、映像に与えていたことは確か。タンタンタンとリズミカルなビートを連ねるでもなく、ズンズンズンと低音を響かせる音楽でもない、軽やかでいて時折ツーンと耳の奥まで届くサウンドが、これまでにない新しい攻殻というものの像を形作っていた。

 そして「攻殻機動隊ARISE」は声も良い。「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」の小さい素子を演じたことのある坂本真綾が、まだ若くて迷いを持ち情動にも起伏の激しさがある草薙素子をしっかりと聴かせてくれる。後に公安九課を率いる荒牧や、レンジャー上がりのサイボーグであるバトー、元警官のトグサといった面々も、「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」から「S.A.C」シリーズを通じて聞き慣れた雰囲気を残しつつ、それぞれにどこか初々しさもある声で聞く人を違和感なく引きつける。

 そして何よりストーリーが凄い。公安9課のできる前、その高額な義体を半ば人質に取られるように、陸軍501機関に飼われている素子がどうしてそこに至ったかが示され、今どういう状況にあるかが語られるストーリーを副流的に描きつつ、素子の周囲に起こる事件をメーンストーリーとして描いて、そこで犯人を追い詰めて行くサスペンスを繰り出してくる。

 これが実に複雑で多層的でまさに攻殻といったところ。記憶の欺瞞を衝き、真実のあやふやさを衝く展開は漫画からアニメを通した「攻殻機動隊」にとって不可欠とも言える要素。それをこともあろうに草薙素子を主軸に見せてしまうところに新しさがあり、意外性があって面白さがある。

 体術を駆使し銃器も操って繰り広げるアクションの派手さもさることながら、見方ですら時に欺き必要とあらば排除するような、諜報の世界の凄みといったものも見せつけられるのもこの作品のポイント。よくぞそんな世界で生き延びてきたものだ、草薙素子は。それだけにややあっさり、謀略に引きずり込まれる「border:1 Ghost Pain」の素子に、納得がいかない人もいるかもしれない。

 あと、はやはり絵がいいことと、動きもいいことも特徴か。キャラクター表だけ見せられた時に、多くのファンをどうなのかと思わせた前髪がパッツンと切られた素子が、動くと実に可愛らしくて初々しい。それでいて戦う時はちょっとだけゴリラにもなるたくましさ。「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」で多脚戦車と戦う時の素子を彷彿とさせるパワフルなアクションも見せてくれる。

 荒牧は策士だけど正義の人といった感じ。賢そうで凛として、誰もが上司にしたくなる。それだけに陸軍の501機関で素子の上司となる女性のクルツとの差が際だつ。彼女はとてつもない策士で、お前を守るためと素子に言いつつ、組織を守るためとも言い、なおかつ私を守るためとも言ってのける冷徹さを示す。そうでなければ組織は維持できず、国も守れないという訳か。

 ビジュアル的にも、常にはだけたシャツから見える胸の谷間は、過去に作られたシリーズを通しても最高クラスにエロティック。もっとも、そこに囚われはまりこんだら尻の毛を抜かれるどころか焼き鏝を当てられ、馬車馬にされた挙げ句に始末されるから要注意。彼女も怖いし、その部下たちも相当に怖くて強そうだから。

 畳みかけるようにめくるめくように展開が進む「border:1 Ghost Pain」。見ていて分かりづらいところもあるけれど、最後になってちゃんと状況を説明して、それが無理な解説にならずにちゃんとストーリーの中で聞かせてくれるから、唖然として劇場を後にすることもない。見て損はなく、むしろ見なければ損といった作品だ。

 この先は、よりアクションを楽しめる第2話へと続くことになっているけれど、その前に読んでおきたいのが、藤咲淳一脚本で大山タクミ漫画による「攻殻機動隊ARISE 眠らない眼の男 Sleepless Eye1」(講談社、943円)。眠らない眼を持つサイボーグ、バトーの映画から少し前の過去が描かれた作品で、レンジャーとして赴いた紛争地帯で501機関にいた草薙素子と出会い、まずは不信の感情をわきたたせる。

 最前線で体を張って戦うレンジャーのバトーと、任務を帯びて謀略をめぐらし必要とあらば見方すら撃つ草薙素子とでは立場も違い、目的も違うため決して良い出会いはせず、また良い触れあい方もしていない。それでも、各々が信じる正義のために戦っていることだけは、双方とも理解された模様。そこから染み出てくる素子の苦悩とバトーの怒りが、もつれ合って向かった先でひとつに重なって、「border:1 Ghost Pain」での再会となり、後のシリーズでの強い信頼関係、もしくは親愛関係へと至る。

 だからこそ知っておきたい2人の過去の経緯。漫画はそのために不可欠な物語を描いている。映画では素速すぎて見えない素子のアクションも、漫画なら絵で描かれているためたっぷりと拝める。ともに凄腕の戦士ともいえるバトーと素子の戦いや、窮地に立たされた2人が敵を突破し進んでいく戦いの凄まじさを堪能しよう。


積ん読パラダイスへ戻る