アルカイック・ステイツ
The Archaic States

 豊満な女性がヌード姿で微笑みを浮かべる生頼範義さんの表紙絵と、コシマキに踊る「甦る神話の帝国 ワイドスクリーン・バロックの傑作」の文字。大原まり子さんの「アルカイック・ステイツ」(早川書房、1400円)に施された装丁から予想されるのは、絢爛豪華なキャラクターたちによって繰り広げられる、権謀術策渦巻く銀河帝国の興亡記といったところではないでしょうか。

 そんな装丁に負けじと、実際のストーリーも「太陽系を統べるミカドの一族の長は、たった今、天蓋つきのベッドで目覚めたばかりだった」といった具合に、なかなかに絢爛豪華で、毒々しい輝きを放つ場面から始まっています。目覚めた「ミカドの一族の長」の名はジェネラル・アグノーシア。完璧な美貌と、人の心を見すかすような直感力、そして最適の選択を選び取る能力を持った28世紀の太陽系の女王は、かつて臣下だったスラウチという男が、姉のアヴァターを細胞レベルまで粉みじんにして連れ去ったことを聞かされます。

 スラウチが使った武器は、太陽系と重なるようにして存在しながらも、接触することは極めて困難という蜃気楼のような国、アルカイック・ステイツのものでした。スラウチは連れ去ったアヴァターを再生させて無理矢理婚姻し、ジェネラル職の正当な後継者として擁立しようと画策します。そして、アグノーシアを反政府主義者で地球の長子相続制を脅かす存在として告発しますが、やがて追いつめられたスラウチは、アヴァターともどもステイツの武器で自身を消滅させます。

 ステイツに取り込まれたスラウチは、ステイツのスポークスマンとなって、緊張下にあった太陽系と銀河連邦との関係を、一段と悪化させます。緊張は太陽系政府の崩壊を招き、世界を救うためにアグノーシアは、自ら時空を超えた存在となって、太陽系中に散らばりますが、その結果、太陽系には歪みが生じて曖昧となり、そのことに危機感を抱いた銀河連邦は、太陽系の排除を決定して強大な軍隊を送り込むのです。

 恒星間航行の技術を確立して全宇宙を版図に入れた銀河連邦と、カリスマ的な力を持った女王アグノーシアに率いられた太陽系との対立に、謎の帝国アルカイック・ステイツが絡んでいく構図は、なるほどスケールという点で、「ワイドスクリーン・バロック」の言葉に負けないものだといえるでしょう。人類が決して頂点の存在ではなく、その上に幾重にも高次元の生命体が存在している宇宙という設定も、時間や空間のみならず次元的な面でも、スケールの大きさを示しています。

 けれども太陽系を治める統治システムや経済システム、地球をはじめとした太陽系に済む人々の暮らしなどについて、ほとんどといって良いほど説明がなく、太陽系という身近な世界を舞台にしながらも、生活臭という意味でのリアリティーが、あまり感じられませんでした。

 太陽系の女王、銀河連邦、謎の帝国アルカイック・ステイツ、一種のオーバーロードともいえる存在といった、本来なら魅力的に写ってしかるべきSF的設定群も、形式的、記号的な使われ方をしているような気がします。そのためか、「ワイドスクリーン・バロック」に相応しい過剰さを感じることなく、感情移入するキャラクターを持てぬまま、プロットだけを読まされたような気になりました。

 200ページと少しという短さも手伝ってか、強いメッセージ性を持った重厚な「物語」を求めたがる心には、この「アルカイック・ステイツ」は少々物足りなく写ります。果たして「ワイドスクリーン・バロック」というレッテルが相応しいのかどうかも、怪しく思えてきます。しかしレッテルに縛られず、単純に1本の「小説」としてこの「アルカイック・ステイツ」を読んだ時、進んでいようと遅れていようと、等しく俗物的なキャラクターたちのおかしさや、記号的、形式的に繰り出されるSF的ガジェット群のいかがわしさに触れ、また謎の帝国アルカイック・ステイツの意志を探っていく楽しみが得られるのです。

 アグノーシアが太陽系に遍在することになった理由や、唐突に登場したシリウス人、アグノーシアに使命を課した存在の謎など、突き詰めても答えを得られない疑問は数多くありますが、そうした疑問を解明していく「物語」として読むよりは、そうした疑問に満ちた世界を「シチュエーション」として理解しておくだけに留めようと決心した時、はじめて大原まり子さんの華麗に暴力的な文体と、その文体によって描き出されたいかがわしさに満ちた世界を、味わうことができたような気がします。「物語」派にはなかなかに難物な「小説」です。


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