悪魔小悪魔

 3つのお願い聞いて、聞いてくれたら。

 という詞の歌があったかというと、あるにはあったけれどそれは4つのお願いで、それを聞いてくれたら恋をしてもらえるというすてきなお願い。ついついかなえてやってやりたくなる。お願いを聞くのが人間なら。

 でも奴ら悪魔で、聞けるお願いの数は3つ。そして、奴らが欲しいのは相手からの恋ではなく、その人間の魂だ。願いかなえられたとたん、人間は魂を奪われ地獄の底で未来永劫、囚われとなって奴隷の如くに従わされる。だから人間は策略を考える。願いがかえられ、そして魂を奪われないで住む3つの願いの、その中身を。

 大悪魔のマルドゥクが、してやられた人間の策略は、犬に呼び出されるということ。犬が悪魔なんて呼べるはずがない。きっと裏で人間が画策していたに違いない。けれどもそれが分からないまま、マルドゥクは犬と契約させられ、その願いを2つだけかなえる。3つ目は? 犬は喋らない。だから願いも口に出せない。

 はじめの2つはどうやって願ったんだ。そもそも犬がどうやって契約書にイニシアルをサインできるんだ。浮かぶ謎。そしてその謎はさらなる謎を呼ぶけれど、どういう経緯だったかは本文で。当面はの問題は、大悪魔すら手玉に取る人間がいるという事実だ。

 そしてその人間によって、地獄を統べる悪魔の寵愛を受け、デキる悪魔と自他ともに認めるバルサザーすら、ひっかけられてしまうという物語が、大坂翠の「悪魔と小悪魔」(メディアワークス文庫、590円)。マルドゥクのことを笑い、自分は魂の取引について細心の注意をはらっていたバルサザー。ところが、呼ばれた先に行くとどうも様子がおかしい。

 そこには少女が2人いて、マルドゥックを呼び出したのは、蜜という名の金髪で長身の美少女の方。その魂はといえば“エンジェル”と呼ばれる、地獄に連れて行ってもすぐに天へと向かってしまう、悪魔にとって鬼門のような魂で、勘付いていたら絶対に呼び出しに応じないタイプのものだった。

 それなのに出てしまったのは、いっしょにいた仁緒という名の小柄の少女が、“黄金”と呼ばれる地獄に置いて極上の魂の持ち主だったからだ。これは騙された。そう勘付いたものの、魔法陣を書いて呼び出したのは、手にチョークをつけた蜜の方だと言われれば逆らえない。まずは願いを聞いて、それから考えようとした時、蜜は仁緒と「ししてのちもとこしえに」いたいという願いを発する。

 「それは困る」。そう言うデキる悪魔のバルサザー。極上の魂に“エンジェル”がくっついていた日には、いっしょに天国へと飛んでいってしまう。撤回させなくてはいけない。そして人間の悪魔を騙そうとする策略を、退けるのはバルサザーにとってお手の物。次なる手を打とうとしていたその時、部屋に怪物ならぬ蜜の母親が入ってきて、蜜を溺愛する一方でバルサザーに聖水を振りかけ、気を失わせてしまう。

 目覚めると魔力が低下し、人間のようになってしまっていたバルサザーは、嫌々ながらも仁緒の家で家政夫として働くようになりながら、仁緒の魂をつけねらう。そこに新たな難題。残してきた蜜が別の悪魔を呼び出し願いを発動させ、それがバルサザーの命運にすら関わってくる。もしかするとあの強烈な蜜の母親の元で、虐待にも似た溺愛を受け続けなくては行けなくなる。かといって逆らえば地獄にあって誰もが地獄と恐れる責め苦がまっている。どうすればいい。

 お願いできる数は3つ。その3つが幾つも重なり合って雁字搦めにされたなかで、バルサザーはどこかにほころびを見つけ、突破口を開いていけるのか。限られた条件をもとに解を探るミステリのような楽しみ方ができる。シェイクスピアの戯曲を持ち出し、それを逆転の手管として使ってみせる鮮やかさなど、さすがはバルサザーと思わせる。もっとも、それで終わりにならないところに、仁緒の凄みが潜んでいたりするのだが。

 そんなアイデア合戦と同時に、ネグレクトという社会的な問題の提示もあって、現実にそうした環境におかれた者を救う手だてはないものかとも考えさせる。悪魔を身代わりにさせられない現実では、やはり助け出すしかほかに道はない。

 大悪魔のマルドゥクが、しゃべれないはずの犬と契約させられてしまった不思議や、人間になったバルサザーが、復活した虫歯の痛みをおさえるために飛び込んだ歯医者のどこか謎めいた雰囲気など、さらりと流されるエピソードが後に物語に効いてくる、伏線の置き方も巧みなら、クリスという仁緒の家に突然現れる人物の謎めいた振る舞い、蜜の母親だけでなく父親や弟と妹たちの異常さなどキャラクターの言動にも多々、特徴があって出てくるだけで目を引かれる。

 蠅の王と呼ばれ地獄の頂点に立つ悪魔によってリストラされてしまった大王の現況や、バルサザーの後見人で地獄の大王ながらも小さくてネズミのようなスコピオ・シナモンの言動など、悪魔たちのドタバタとした感じもとてもユニーク。なによりデキる悪魔バルサザーの辣腕家政夫っぷりが素晴らしい。

 料理も掃除も洗濯も得意。見目も良い。家にいれば何だってしてくれそうだけれど、そこは狡猾な悪魔、呼び出すて使役するには、3つの願いと魂との交換条件を、どうにかしなくてはならない。どうするか。読めばいい。この「悪魔と小悪魔」を。


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