逆騎 そのエルフ、凶暴につき

 悪人をもってして悪人を取り締まり、裁き処刑するといった設定は「ワイルド7」の時代から定石になっているけれど、そこで難しいのは取り締まる側にいて権力も与えられた悪人が、本当の悪にまわらないよう縛り、抑えることが可能か、安全装置をどう設定するかといった部分。水瀬葉月による「悪逆騎士団 そのエルフ、凶暴につき」(電撃文庫、630円)の場合も、悪逆非道を重ねながらも今は騎士団として街を取り締まっている面々を、年齢不詳の美しいエルフが率い束ねているけれど、どうやってそんな騎士団の面々を縛っているかに興味が向かう。

 紋章という、一種の魔法発動手法が存在する世界。紋章王なる存在が統治するゼルティバッソ紋章国の東端にあるニルイーストという街は、ならず者たちが集まり、組織も作って奪い合い殺し合いを繰り広げている。治安も悪く市長すらも幼女趣味といった悪徳を抱えて権力の濫用に余念がない、そんな街に中央からマリアーナ・ガンスロットという女性が王都から送り込まれてきた。

 目的は、ニルイーストにある治安騎士団の会計監察。世間から悪逆騎士団と呼ばれ評判の悪い騎士団に乗り込もうとしたマリアーナは、さっそくスリにあって財布を奪われ、食事もできないままにたどり着いた詰め所で、美しいけれども口調は乱暴なエルフの女性アリシアと出会う。彼女こそがその騎士団を率いる団長だった。

 そしてマリアーナは、顔の半分を帽子で書くし歩けば女性に声をかけ手込めにしてまわる男、悪口を耳にすればさっと動いてやっとこを口に突っ込み歯を抜こうする少女に素早くナイフを取り出しつきつけ殺すかどうかを聞く少年といった具合に、くせ者揃いの団員たちと出会う。ひとりお嬢様風の見目麗しい女性もいたけれど、会計監査の人間を食事に連れていく途中に通りかかった娼館で、客の男が不満足を訴え金を返せと騒いでいるのを聞きつけ立ち寄って、男に近づき手を股間にあてただけで達せさせてしまった。

 つまりは元娼婦。なおかつ今も現役以上の力を持っているその女性も含めた面々が、エルフの女性の下にいて街に起こる事件を解決するというよりも、犯罪組織の根城に乗り込んでいっては稼いだ金を奪うような乱暴狼藉を繰り返して、組織から恨まれ街の住人からも恨まれていた。とりわけ直近、街の外側にある貧民街を燃やし尽くしたといった噂も立って嫌う人も多かった。

 そんな面々が会計監察にやって来たマリアーナの前でおとなしくしながらも時々暴威を見せ、批判されても続けていった挙げ句、本当の悪の存在を知らされ生真面目なマリアーナも考えを改める。そんな展開になるかと思うのが、こうした設定の小説の定石だけれどそれが違っていた。

 マリアーナが出した書類の紋章を、一目でアリシアが偽物と見抜いた展開から、少し前に悪逆騎士団がニルイーストで起こした事件がつづられていって、その中で暗殺者として育てられたコルという少年がアリシアを出会い、騎士団の中で自分を少しずつ成長させていく展開が描かれる。アリシアを殺せという命令だけを受け、実行しようとして失敗して出直せず、そのまま仲間に引き入れられ、最近相次いで発生している爆破事件の謎を追い、その先で街を牛耳る富豪を守る仕事を頼まれ果たそうとして果たせず、逆に犯人と疑われて逃亡した先で真犯人と対峙する、といったストーリーが紡がれる。

 なるほど悪逆ではあっても無辜の民をいたずらに虐げるようなことはしておらず、逆に正義を名乗りながらも狂信的な部分へと足を踏み入れてしまった正義に鉄槌を下すような感じがあって、実は良い奴ら的な感動もちょっとだけ浮かぶ。とはいえ拷問士であり娼婦だから完全無欠な正義って訳ではないんだけれど、それでも持てる技を使う時、相手は確実に悪な訳で、相対的にも絶対的にもその正しさを支持できる。

 意外だったのは帽子を被った醜悪騎士の正体。どうしてそれがそこに、といったあたりでアリシアの力や正体めいたものも絡んでくるんだろう。そんな男に拷問士に殺し屋に元娼婦がどうしてアリシアに付き従っているのかも、そんな凶悪にして強大な力を存分に震える居場所を得られ、なおかつ誰もが持っている本来的な人間性を踏み外さないですむよう、自らを縛ってくれるからなのかもしれない。自由であることは思いのほかに不自由なものなのだから。

 それにしてもまだ見えないアリシアの目的。その正体が本当にそれならば、ニルイーストという辺境の街に居続け、騎士団を率いて戦い続ける理由は。いろいろ知りたいこともあるので是非に続きを。そしてマリアーナ。巻き込まれ型のサブヒロインになれなかった彼女はこのあとどうなってしまうのか。続きがあればそこも知りたい。


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