憧れの作家は人間じゃありませんでした

 御崎禅という名の覆面作家の作品に憧れ、出版社に入ったものの最初の担当者には歌舞伎の話に乗ってこないからと疎まれて外された瀬名あさひが次に任されたのが、憧れだったその御崎禅。編集長に連れられて行くと美形の青年で、お土産を「つまらないもの」と言って差し出したら、虚礼や外交辞令は嫌いだと言われて突き放される。

 けれどもそこを共通する好きな映画の話で盛り返し、小夜さんという自分は知らない誰かのお墨付きもあったようで、瀬名あさひはとりあえず担当として認められ、さあ書いてもらうとなったところで御崎禅にはいろいろと秘密があることを教えられた。

 まず彼は吸血鬼だった。そしてその存在は官憲にも認知されていて、異能が使われた事件が起こった時に一種の探偵役として警察に駆り出されていた。それでは仕事をする時間がないじゃないか、危険だって及ぶじゃないかと考え、瀬名あさひは御崎禅にくっついて、いろいろな事件現場を回ることにする。

 第2回角川文庫キャラクター小説大賞で大賞を獲得した澤村御影の「憧れの作家は人間じゃありませんでした」(KADOKAWA、560円)は、作家であり映画好きであり吸血鬼でもある人物が、能力を生かして事件を解決するという展開に、お仕事ものの枠に収まらない奥行きがあって興味を誘う。編集者に過ぎない瀬名あさひが、御崎禅の本業とは違う探偵業につきあう理由もちゃんと付けてあるところも巧い。

 瀬名あさひと御崎禅が映画好きで共通しているという設定も、有力政治家の家で起こった座敷わらしが誘拐されたという事件や、街に現れ人を襲う黒い犬の事件でそれぞれ映画に関する話が出てきて、ストーリーに関連づけられるといった部分で生かされている。

 クライマックスで御崎禅が自分に疑問を抱くシーンでも、映画のタイトルを挙げて嘆く瀬名あさひの言葉が展開の上で意味を持つ。映画オタクの心理ここに極まれり、といったところ。読んでいていろいろな映画に関する知識を得られ、て読み得感がある物語になっている。

 そのクライマックス。犯人が吸血鬼かもしれないと思われる事件が起こって、御崎禅が犯人と疑われながらも違うということで真犯人を捜しに出向いた事件では、吸血鬼に憧れる心理と吸血鬼で居続ける嘆きのようなものがない交ぜとなって、吸血鬼として今を生き続けている御崎禅の存在を揺るがせる。それでも御崎禅が生きなくてはいけない理由、作家として書き続けなくてはいけない理由が明らかにされて、吸血鬼であり作家であるといったヒーローの設定がひとつの理屈を持って来る。吸血鬼らいし異能も振るわれ、その面でも吸血鬼である意味付けがなされる。

 吸血鬼のように永遠を生きる存在がいて、彼を管理する厚生省の役人となった女性が出会いつつ起こる事件に挑んでいくという設定を持っている、ゆうきまさみの漫画「白暮のクロニクル」も少し思わせる御崎禅と瀬名あさひの関係性。くり返し起こる惨殺事件の犯人を追い続けるという軸を持って進みながら、永遠を生きるということとの寂しさも浮かび上がらせる「白暮のクロニクル」とは違って、作家自身が抱えるこだわりが主軸となっていて、それが叶うものかただの夢で終わるのかといったあたりで、今後もさらに物語が続けられるかが変わってきそう。

 書き続けるということは、それが読まれる可能性を信じているからで、そうでなければ絶望で絶筆をしているだろう。合理的な考えの持ち主なのだから無駄はしない。すがることもない。そうは思いたいけれど、だったらどうしてささいなことで絶望して自殺を選ぼうとしてしまったのか。過去に決着を付けたのか。だったらなぜ書き続けるのか。長く生きていると、誰でも迷うところがあるのかもしれない。

 そうしたモチベーションの停滞を瀬名あさひという存在が糺し、吸血鬼が作家として書き続ける理由を強く太くしていく。書いた作品が好きで、映画が好きで、なにより生きることに前向きな編集者の瀬名あさひの存在がしっかりと生かされているところも良い。

 あと1人、御崎禅をよく尋ねる刑事の上司で、警察の中に謎めいた権力を追っている山路という名の係長の存在が気になるところ。どんな過去があり、どんな経験をして今に到り、御崎禅をはじめとした異質な存在を管理しているのか。続きがあれば、そこでどう描かれるかが気になる。もちろん、映画に関する知識が今後も事件の解決に絡んでいくのかにも。

 続きがあるとして、百物語的で学校の怪談的にさまざまな怪異が現れ、それを解決していく形式に少し映画が絡むような連作になるのか。映画を必須のアイテムとして使い、それに縛られた展開でいくのか。御崎禅が生きる上での糧にしている作家として生み出す言葉が、世界とどう関わっていくかを描くのか。いろいろと浮かぶ想像もあるけれど、それ以上にもっといろいろな映画を知り、いろいろな事件を知りたい。御崎禅にとっての幸せが来るかも知りたい。そう願って待ちたい、物語の続きが紡がれるのを。


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