ZEKU 1


 やっとできた。
 あたしの自信作。

 一〇〇年前に、なんとかっていうおじさんが偉大な理論を発表したらしくて、その中にこいつの基本原理が示されてた。つまり、できるはずだ、っていわれてから一〇〇年、かかったってこと。そんで、そのあいだ誰も造れなかった。誰にもできなかったそれを、あたしが今、造ったってわけ。言うなれば、全人類百年の悲願が、今、叶ったの。
 だからあたし、一〇〇年に一度の天才科学者。人類の夢の具現者、ってわけ。よく、おぼえといてね。

 えっ、そんなものだれもいらないからできなかったんじゃないかって? シャラップ、失礼な。あの小難しいおじさんが理屈を唱えるずっと前だってあとだって、これがいらない、なんていうひと、一人だっていないんだから。映画から歌謡曲、少年漫画まで、大衆芸術にはいつも唄われてきたんだから。そんでもって、それを造ったのは、あたしだけなんだから。

 なに造ったのかって?
 あら、まだいってなかったかしら。あたしが造ったのは、、、
 あっ、だれか呼んでる。
 そろそろ始まるのね。
 なにがって、きいてないの? この、百年に一度の天才科学者をたたえる記者会見。今までの苦労を、集まったみんなにねぎらってもらうのよ。
 あっ、まだいってなかったわね、なに造ったか。興味あったら、記者会見にいらっしゃい。プレスカード用意してあげるから。

 ああ、思い出しただけでも頭来る。
 なんなのあれ? あの記者会見。
 みんな、これがどれほどすごいことかわかってないんじゃないの? あの爺さんだって、理屈は造ったけど、ほんとにできるなんて考えてなかったのよ。そのあとみんな、ほしくたって誰も造れなかったじゃないの。
 それなのにさ。
 それなのに、みんなでよってたかって、お金の出所とか、環境問題とか、電力の供給とか、そういうくだらないことばっかり。
 そりゃあ、電気は喰うわよ。ニューヨークと、東京で一年間で使う電力を、二週間で食いつぶすわよ。それを供給するために、原子力発電所、三カ所に作ったわよ。でも、それがどうだっていうのよ。そんなの帳消しにして、お釣りがどっさりくるわよ。
 それなのにさ。
 さんざん文句言って、あげくの果てに、公開実験みて、ただの手品じゃないかって。
 もう。

でも、あたりまえなんだけど、これができたのはあたし一人のおかげじゃなくって。││いくらあたしが天才科学者でも、そこまではうぬぼれてないわよ。││もうひとつ、重要なものがあったの。
 なんだかわかる?
 それは、おかね。
 なにしろ、ヒトがはじめて月に行った当時の、アメリカの国家予算とおんなじくらいの額を、一年で使っちゃうんだから。おっきな建物作って、その作る費用は計算に入れないで、それの維持費だけで、一年分。
 それで、何年かかったか?なんて、きかないの。なにしろ、円周一万キロメートルの加速器って、聞いたことある?
 あっ、加速器って、聞いたことない?
 そだよね。ふつうの人は、聞いたことないんだよね。
 加速器って、金属の筒でできたおっきな輪っか。その輪っかのあちこちに、磁石があって。輪っかの中を疾る電子とかそういう小さいものが、磁石に引っぱられてどんどん速く疾るようになって。
 やがて、光速の何パーセントとか、何十パーセントとかで疾るようにになっていく。加速器ってそういう機械。
 それが大きければ大きいほど、中のものが速く疾るし、たくさんのものを入れられるってわけ。
 あたしの造ったものを動かすのには、この加速器で作った、光速の99・999%の速さで疾る電子が、それはもう、たくさんいるの。そのために、そのおっきい加速器がいるの。そして、たくさんの、たくさんのお金。
 もちろん、できるかできないかわからないものに、そんなおっきなお金出してくれるところなんて、ない。ふつうなら。
 でも、あたしのパトロンは、そうじゃなかった。
 もちろん、ポン、って、出してくれたわけじゃない。あたしがいくら若くて美貌の女の子だって、それだけで出せる額じゃない。もう、すんごいサービスして、、、ちがうって。
 ふつうは、きっと会議で決めるんだ。そういうの。おっきいお金の使い方。でも、会議しようにも、この理論、理解できるのはあのおじさんとあたし、それだけ。そんでもって、おじさんはもう、土の中。
 だから。
 あたしのパトロンは、それでも会議することを求めた。あたししかできないなら、あたしひとりで。
 あたしが二十五人で、議決しろ、って。

 わかる?
 つまり、あたしが計画書を出すの。そして、あたしが二十五人集まって、多数決で決めるの。これやるかどうか。
 そんなことできるか、って?
 あたしもそう考えた。こんなこと、できるの?って。
 でも、彼ら、あたしのパトロンの考えることは、ちょっと違ってた。
 計画書を出したあたしと、多数決する二十五人のあたし。みんな違ったら、問題ないんじゃないか、って。
 あっ、でも、クローン作ったわけじゃないのよ。クローンなんかいくら作ったって、育ちが違えば頭脳も違うわけだし。いや、おんなじかな。とにかく、あたしはあたし、ひとりだけ。
 なに、考えたと思う?

 最初、あたし、計画書出した。あたしの研究成果、みんな詰め込んで。これつくるのにいくらかかるか、どれくらいの時間がかかるか、成功確率はどれくらいか。
 計画書出して、あたし、眠った。人工睡眠で、今までのこと、みんな忘れて、ひとつき、眠った。
 起きてから、読んだ。あたしの書いた計画書。なんにも覚えていない計画書。あたしの研究成果についての記憶、みんな消えてた。その手前までの、論文になってるところまでは、覚えてた。だから、五ヶ月かけて、理解した。他の人には全く理解できない、あたしの理論。あたしは、また、理解した。
 そして、判断。二十五人の多数決の、まずは一票。
 それから、また、眠った。また、忘れた。また、起きた。また、勉強した。また、判断した。
 それが、二十五回、続いた。

 すべてがおわって、はじめて、すべての記憶が戻った。二十五回、眠った記憶。二十五回、勉強した記憶、二十五回の、投票の記憶。十六対九で、賛成。お金の心配は、なくなった。

 こうしてできあがったこの機械。今日が、お披露目。

 おきまりのテープカットと、スポンサーのおじちゃんの挨拶。これが長くて、あたしの挨拶はほんのちょっと。
 それで、すぐにお披露目テスト。
 もちろん、小さいテストは何度かやったけど、大規模の、人前でやるテストは、今回が初めて。失敗するわけないと思ってても、もうどきどき。
 スイッチ押す手が、震えてたの、テレビでもわかったかしら?

 ほんとはものすごい数の計器盤とスイッチとコードを操作するんだけど、そういうのはみんな地下でやってもらって、記者のみんなが集まったショールームに一個だけ作った赤いボタン。その脇にめだたないように埋め込まれた液晶パネルに、OKの文字が並んでるのを素早く確認して、スイッチのカバーを開けて、物々しく押したの。
 ニューヨークと東京に雪を積もらせることのできる電力を食いつぶしていた加速器のエネルギーが、ちょっとだけ方向を変えて一点に集まった。ショールームの、分厚いガラスの向こうの、またまた分厚いガラスケースに入れられた、「もの」。その「もの」に、どでかいエネルギーで加速させられた電子が、当たった。
 瞬間的に高速に近い速度ではねとばされた「もの」のおかげで、空間がぶれた。そして、「もの」は、そのぶれに吸い込まれるように、消えた。
 ガラスケースから消えた「もの」は、あたしのダイア。昔の思い出のつまった、ちっちゃなダイアモンド。もちろん、こんな晴れの舞台には、もっと大きなダイアだって用意できたし、その方がふさわしかったのもわかってる。でも、これだけは譲れない、あたしのこだわり。このお話は、また今度ゆっくりね。

 記者席を埋め尽くした記者たちの、とまどったどよめきがきこえてきた。なにが起こったかわからず、どう反応していいかもよくわかってない。しょうがないよね。ダイアが消えた、それだけのことだもの。ルパンだって、そのくらいやってのける。
 あたしは待った。まだ、テストは半分終わっただけ。それも、簡単な方の半分。あとの半分は、三分後に結果が出る。三分前のあたしの、実験結果が。三分後のあたしは、首尾よく受け取ったかしら。あたしが放り投げた、あたしのダイアモンド。大切にしてよね。
 電光掲示板が、カウントダウンをしてる。スイッチを押した瞬間にはじまった、三分間のカウントダウン。あと一分。記者さんたちの緊張、持ってくれるでしょうか。

 長い一分。

 電光掲示板が、秒読みに入った。9,8,7,、、みんなの目が、掲示板とガラスケースを、秒単位で往復する。
 3,2,1.そして、0。
 地下に埋め尽くされた計器の、たった一つだけが知っている「ぶれ」が起きて、ガラスケースの中の、純白の絹でできた小さいステージに、三分前にダイアが消えたステージに、コロ、とも音を立てず、ダイアが現れた。三分前と全く同じ位置に、おんなじ形で置かれたダイアが。
 三分間の、時間を旅したダイアが。
 三分前のあたしが、三分後の未来に贈ったダイアが。

 実験は、成功。
 あたしは、感慨無量。パトロンのおじいちゃんも、思わず目頭を押さえてる。地下にいる大勢のスタッフのみんなも、ガッツポーズ、熱い抱擁。それからどっから調達したのか知らないけど、冷えたシャンパンで、思い思いに祝杯を交わしてる、筈。
 記者の人たちは、相変わらずとまどっている。三分前に消えたダイアが、三分後に元に戻った。目に映ったのは、それだけ。
 一大国家並の予算と、長い年月をかけて、それだけ。どれだけ重要なことか知らないけど、それだけ。

 その後の質疑応答が荒れたのも、しょうがないのかも。

 でも、あたしは満足。手品だって言われても、環境破壊だ、意味ないんだって言われても、それでも満足。
 だって、あたしのゆめ、だったから。あたしのすべてを費やした、あたしの夢。今かなったの。だから、満足。

 あれ、あたしがなに造ったか、わかってくれた?
 あたしが造ったのは、そう。タイムマシン。過去へも未来へも、自由にいける、あたしのタイムマシン。ZEKUっていうの、これ。かわいい名前でしょ。あたしがつけた。
 あの公開実験で、あたし、ダイアをとばしたの。三分後の、おんなじ場所に。だから、あたしが贈ったダイアを受け取ったのは、三分後のあたし。そして、あたしが受け取ったダイアは、三分前のあたしが、おんなじように未来に贈ったダイア。三分前のあたしの、思い出のダイア。再び時を越えて、あたしの元にまた、やってきた。
 もちろん、飛ばせるのはダイアだけじゃないのよ。エメラルドだってサファイアだって、そうじゃなくって人間だって飛ばせるの。つまり、タイムトラベルってわけ。帰ってこられるかどうかは、行った時代に、タイムマシンがあるかどうかにかかってるけど。だから、未来なら帰ってこれるけど、過去へ行くなら一方通行、ってわけ。
 あなたも、いってみる?

 記者会見の、冷たい反応にも関わらず、当然、というべきなのかどうか、世間は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
 そりゃあそうよ。何てったってタイムマシンですもの。あそこにいた記者たちの反応が、異常だったのよ。ほっほっほ。
 でも、成功しちゃったあたしは、もうあんまりそっちの方にはかまわなくなってた。これまでに使ったあたしの時間、取り戻さなくっちゃ。ずっと待たせてる、あたしのダーリンの胸に、飛び込んでくの。

 あたしは、探した。機密事項に関わってる間、音信不通だったダーリンの行方。今やっと手元に戻った、オリジナルのダイアをくれた人。
 ようやく、見つけた。
 でも。
 なんとあたしのダーリン、おじいちゃんになってた。まっしろの髪で、たくさんの孫を抱いて。
 なんで?
 なんでおじいちゃんなの? なんで、孫がいるの? あたしのこと、待っててくれたんじゃなかったの?

「なんでじゃないでしょう、博士。ご自分がどうなってるか、わかってるんですか? 相手だけ、若いままでいるわけ、ないでしょう」
 うるさい、技術員A.
「技術員Aじゃないんですけど。コイズミ、コイズミですよう。博士、あれからどれくらい立ったか、わかってます? ご自分の歳、把握されてます?」
 ええい、うるさい、お前なんか技術員Aだ。
 あれからって、この建物、完成させるのに、十年くらいかかったかしら。でもでも、十年くらい、待っててくれたって。それに、十年でおじいちゃんになんかなんないし。
「その前にあるでしょう。冷凍睡眠繰り返してた期間。世間じゃ、その間だって歳くってるんですよ」
 あっ。
 忘れてた。
 あたし、25回、冷凍睡眠を繰り返してた。一回六ヶ月として、十二年以上。げげ。なんで忘れちゃったんだろう。そんな大事なこと。
 ちょっと、鏡見せなさいよ。鏡。
 あたしの部屋には、鏡、なかった。そういえば。どれだけみてないんだろう、鏡。
 コイズミに近づいて来た女性技術員Bのコンパクトを取り上げて、のぞき込む。
「アサノですよう。技術員Bじゃありません」
 という抗議がきこえてきたけど、無視した。どうなってるんだろう、あたしの顔。

 げげ。

 髪は白髪。しわもこんなに。これじゃあ、おばあちゃんじゃないの、あたし。あぁ、いったいなにやってたんだろう、あたし。こんなになるまで。
「いいじゃないですか、博士。こんなに立派な業績残したんだし。世界の終わりまで、博士の名前は残るんですから」
 そうよ。世界の終わりまで、あたしの名前と、こんなおばあちゃんになった写真、残るのよ。そんなのいや。
 いや、写真残るのはいいけど、ダーリンも待っててくれなくて、こんなおばあちゃんになっちゃって。そんなにまでして造りたかったものじゃない。そんなに大切なものじゃない、これ。

 かえして。
 あたしの時間、あたしの青春。人並みの暮らし。かえして。このまま、余生をゆっくり過ごす、なんていや。燃えるような恋が、したいの。めくるめく快感、なんてのも、味わってみたいの。とにかく、今のままじゃ、いや。

 そう、だ。

 このために、造ったの。これ。あたしのZEKU。これで帰れる。若かったあたしに。まだ、人生を無駄にしてないあたしに。

 あたしは、たくさんの計器盤に囲まれたコンソールを操作した。三分後じゃなくって、25年前。まだ、このZEKUじゃなくって、もっと小さいタイムマシンを、試行錯誤しながら手作りしてた時代へ。
 セルフタイマーをセットしてから、あたしは、ダイアの入ったショーケースの扉を開けた。人ひとりなら、なんとか入れるはず。なんとか、飛ばせるはず。

 あたしが、なにをしようとしているか気がついたコイズミとアサノが、おろおろしてる。コンソールに向かっても、あたしのパスワードがないから、操作を受け付けない。ショーケースのかぎも、下っ端は持ってない。ただ、ガラスの壁をがんがんたたいて、こっちに向かってなんか叫んでる。
 もう、止められない。セルフタイマーは、二分にセットした。そろそろ、この時代の人ともお別れ。25年前には、まだZEKUはないから、ここに帰ってくることは、できないの。さよなら。あたしの栄光。あたしは、人生を手にするの。

 二分経った。

 セルフタイマーのカウントが、0になった、筈。電磁石の回路が、ちょっとだけ変わって、エネルギーがあたしにたたきつけられる。一瞬、衝撃があって、あたしの視界がぶれる。アサノが必死の顔で、なんか言ってる。ガラスたたきながら。

 不意に暗くなった視界。意識もはじき飛ばされそうになる中で、わかった。アサノが、なにを言ってるか。そうだね。その通り。でも、おそいんだ、もう。あたしは、行くよ。じゃあ、ね。

「博士、博士。考え直してください。たとえ過去の世界に行ったって、若返るわけじゃないんです。博士はそのままなんです。ダーリンが戻ってくるわけじゃないんです。だから、行かないで」

 

ZEKU 1 おわり

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