特別な夜の、特別な一杯   

ゆい ごじ  


 その日、幸運にもその場に居合わせることができたから、なにか特別なことが起こっているという、自覚はあった。
 フェスティバルの運営を陰ながらお手伝いしている身としては、演奏の合間の凄まじい勢いで消費されていくドリンク、つまみなどの残量に気を使い、演奏を気にしながらも必要とあれば買い出しに奔る余裕もまだあった。前年までは。
 ところが、この日、1998年のマウントウジジャズフェスティバルは、全く状況が異なっていた。次から次へとあつい演奏を繰り広げる様々なバンドにぼくは完全にノックアウトされて、買い出し、その他のお手伝いをかなりの部分、放棄した(ごめんなさい)。そして、その心地よいサウンドと雰囲気に、ただただ身をゆだねていた。
 そう。これは、その一夜の、貴重な記録だ。そして、これを聴くと、あの日に起こっていたことが、その場で感じた以上に特別であったことに今更ながらに気がついて、一人でにやにやせずにはいられない。
 このCDを手に取る人には、Special宇治金時Lunchtimesというバンドと、彼らが冬に毎年行うマウントウジジャスフェスティバルについては、もう説明の必要はないだろう。彼らの懐の深さを伺うことの出来るそのステージは、常連客にとってはこの上なく楽しい年中行事に数えられている。
 さて、今回のCDは1998年のマウントウジジャズフェスティバルの実況中継版であるが、GOICHI's Best Selection の名が示すように、フェスティバル全体を収録したものではない。各バンド一曲ずつの演奏が収録されている。あまりの名ステージの連続のため、完全版の発売を望む声も多々あり、これを読む人の中にも完全版でないことを残念に思う人もいるかもしれない。しかし、コレクターズアイテムではなく、愛聴版を、というプロデューサーの強い意志により、今回はCD一枚での発売となった。まずはこの英断に拍手を送りたい。一枚に納められた、凝縮されたエッセンスは、まさに愛聴版にふさわしい輝きを放っているからである。

 おのおのの演奏に詳しくふれることはしないが、リーダーの西片と、トロンボーンの金子のコンビネーションが板について、堂々のオープニングを飾ったSot4、最初の一声で観客を魅了した村上昭仁&The Julies。全編Duoという新境地に挑戦し、このフェスティバルにリリカルという新たな形容詞をもたらした鳥居光・羽鳥絢子DUO,そしてリーダーの頑ななラテン魂を見事メンバーにも移植した彼氏彼女のラテン。さらにライブのたびに一皮ずつ向けていく後藤匠Quartet.そして、最後を締めくくるSpecial宇治金時Lunchtimes。どれをとっても、リーダーの音楽性を見事に反映して、すばらしい演奏に仕上がっている。それぞれの優劣を決めるのは、ただただリスナーの好みの問題になるのだが、私の一票をここで発表することを許してもらえるのなら、それは、彼氏彼女のラテンに捧げたい。私の考えるジャズ、そしてマウントウジジャズフェスティバルの延長線上には決してでてこなかったであろうこのバンドが到達した地点に、私はカルチャーショックを受けた、といっても過言ではない。車の中では自然とボリュームが上がってしまう一曲である。
 もちろん、現在までの総決算となるようなこのCDを出しても、宇治金時は走り続けている。コンサートではさらにグレードアップをして見せたし、マウントウジの日程も決まったようだ。

 脂がのりつつ疾走する宇治金時、もう目が離せない。

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