yaya(あの時代を忘れない)



 「やっぱり遠くにきちゃったのかな、おれたち」
 ふととぎれた会話の裂け目から、おれはいままで避け続けてきた言葉を口にした。
「あの場所から、遠くにきちゃったのかな」
 そんなことないよ。わたしたち、ぜんぜん変わってないじゃない。
 精いっぱいの笑顔をつくって楽しそうな様子を見せる彼女にも、むかしの笑顔のような輝きはない。
 大学を卒業して、たがいに地方へ赴いて以来、久しぶりにあった夜だった。
「半年、だよね、あれから。ずいぶん長かった」
 うん、長かった……。ねえ、やめようよ、こんな話。せっかく久しぶりにあったんだから。
「そうだね、やめよう。こんなはなし」
 そして訪れる沈黙。二人は気まずそうにさめたコーヒーをすすった。
 コーヒーを飲みほすまで、ずいぶん長い間続いた沈黙を、勇気を出して破ったのは彼女のほうだった。
 寂しいね。せっかく逢ったのに昔話と仕事のはなししか、ないなんて。
「そうだね、……つらいんだ、むかしの仲間と話するの」
 なんで、わたしは好きだけどな、あんなに楽しかったころの友だちと逢うのって。いいじゃない、懐かしくって。
「だからこそ、つらいんだ。あのころにはもう、戻れないから」
 そうなのかなあ、わたしなんか、身体はともかく気持ちはまだ、あのころのままだと思ってるんだけどなあ。
「いや、やっぱりそうじゃないよ。あのころにくらべればいまはもう、絶対に戻れない一線を、こえてしまったんだから」
 なによ、その一線って。そんなに明確な線が、あるのかしら、あのころといまに。
 彼女が形のいい唇をつき出した。なにか不服なことがあるときの彼女の癖だった。そして、腕にはめた時計に目をすべらせる。電車で帰るには、ぎりぎりの時間だった。
 わたしそろそろ……。
 かえらなくちゃ、という前にぼくは彼女の言葉を封じた。
「可能性の問題さ」
 可能性の問題?
「そう、可能性」ぼくが送るから心配しなくていいよ。と彼女の心配を取り除いてぼくは説明した。
「ちっちゃいころってさ、なにになりたいって、よく聞かれたじゃない」
 うん、わたしずっとスチュワーデスになりたいって答えてた。ほんとに、本気でなりたいって思ってた。っていうか、そうなるもんだとずっと思ってた。いつの間にか、いまの仕事についちゃったけど。
「それだよ、それ。越えられない一線が、そこにあったでしょう」
 それってもしかして、もう、なりたかったものになれないってこと? そんな考え、寂しくないの?
「そうだけどさあ、でも、だからこそあのころって、心に残るんじゃないのかなあ。自分がなにになるか分からない時代、自分がなににでもなれるって信じてる時って、ひたむきじゃない。いま、自分がひたむきだって、いえる?」
 そうなのかなあ、そう考えたくはないけど。でも、そういわれればそうかもしれない。いまがひたむきとは、とてもいえない…。
「越えられない一線て、そういうことなんだと思うよ。あのころみたいにはもう、なれないじゃない、おたがいに」
 そうか、でもやっぱりなんか、寂しい気がするなあ、そういうの。
「うん、寂しいよね、そういうの」ちょっと待ってて。ぼくはポケットの百円玉を握りしめながら席を立った。
「ごめんごめん、お待たせしました」
 どこ行ってたの? 彼女の問いかけを無視して、ぼくは言葉を続けた。
「あのころに戻りたいって、思う?」
 ・・・ううん。
 彼女はすこし考えて、かなりためらったあとに答えた。
 やっぱりやめておく。もう二度とあんなこと、できそうにないから。でも、これだけは誤解しないでほしいんだけど、あの頃わたし、本当にしあわせだった。
 突然、店内のBGMが変わった。ストリングスによる軽いだけのニューミュージックのインストから、リバーブのかかったピッキング・ギターへと、サウンドが変化した。

 『Swingin' Generation』 The ALFEEの坂崎が、学生時代の思い出を高らかに歌う。

     放課後のキャンパスであいつと 夢中でギターを覚えたものさ
     白い立カンがまぶしかった夏 誰も自由の意味などは知らなかった
     忘れてしまうには 眩しすぎる記憶
     いくつもの憧れを 置き去りにしたままさ
     あの頃に・・

     試験休みにバイトをして 兄貴の車借りてあの娘と海へ
     流れ星に願いをかけた 誓いの言葉も波がさらってしまった
     稚い恋でも 涙の苦さを知る
     いくつもの憧れを 抱えてた頃

 もう届かないあの頃のへの郷愁を、高見沢が叫ぶ。

     戻りたいとはもう思わないけど
     君はいま何を思っているのか

     Swinging Generation それは悲しいほど揺れていて
     誰にも答えられない どこへ転がり続けるのか
     Like a rollin'stone

     あの頃を今青春とは呼べない
     立ち止まり振り向いても 時はあしたを刻む
     Teenage Dream いつまでも 追いかけてるのさ
     心はあの夏で 止まったままさ

     忘れてしまうには 眩しすぎる記憶
     いくつものあこがれを 置き去りにしたままさ
     あの頃に・・

     Swinging Generation それは悲しいほど揺れていて
     誰にも答えられない どこへ転がり続けるのか
     
     Swinging Generation それは悲しいほど揺れていて
     誰にも答えられない どこへ転がり続けるのか

     Swinging Generation それは悲しいほど揺れていて

     誰か答えてくれ!

 ジュークボックスに行ってたのね。それならわたし、聴きたい曲があるのに。でも、いいいわ。たぶんいま聴いたら、泣いちゃうから。
「たぶんつぎの曲だよ」

 つぎの曲のイントロが始まった。もう説明のしようがない、この曲。桑田佳祐が青春への思いをとつとつと綴る。すこし照れたような、はにかんだ歌声が思いの深さを思い知らせる。

     胸に残る いとしい人よ
     飲み明かしてた なつかしい時
     Oh, Oh, 秋が恋をせつなくすれば
     ひとり身のキャンパス 涙のチャペル
     ああ、もう あの頃のことは夢の中へ
     知らぬ間に遠く Years go by
     
     Suger, Suger, Ya Ya petit choux
     美しすぎるほど
     Pleasure, Plesure, la la voules vous
     忘られぬ日々よ

     互いにGuiter 鳴らすだけで
     わかり合えてた 奴もいたよ
     Oh, Oh, Oh, 戻れるなら In my life again
     目に浮かぶのは Better Days
     とびきりステキな恋などもしたと思う
     帰らぬ思い出 Time goes by
     Suger, suger, Ya, Ya, petit choux
     もう一度だけ逢えたら
     Plesure, Plesure, la, la voules vous
     いつの日にかまた

     Suger, Suger, Ya Ya petit choux
     美しすぎるほど
     Pleasure, Plesure, la la voules vous
     忘られぬ日々よ

 じっと曲に聴き入る彼女のほほにつたう涙を見つめながら、ぼくはいった。
「あなたのおかげで、この歌みたいな素敵な学生生活を送れました。本当にありがとう」


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