恋人以上


 


 「だめだよ、うきうきはするけど緊張感ないもん、俺たち」
 いつも通りのかるい運動のあとの心地よい疲れをシャワーとビールで洗い流しながら、俺はいった。
 こんなに好きなのにどうしてあなたのこと彼氏ってよべないんだろう、そうつぶやく彼女へのこたえだった。「恋人ってさ、やっぱりもっと緊張するものじゃないのかな、おたがいに」
「緊張感かあ、たしかにないね」
 ブラシを片手に濡れた髪の手入れをしながら、彼女がつぶやく。
 そりゃあそうだよ。そんなに短いつきあいじゃないじゃない、俺たち。タオルを腰にまいた俺は、彼女にビールを手渡しながらいった。
「だろ、それじゃあ永遠に恋人とはいえないんじゃない」
「ふうん、いちばん近い位置にいるのにね、わたしたち。残念だなあ、いつまでたっても恋人になれないなんて」あたし、彼氏ってよべる人がほしいのに。髪をたばねて肩にかけた彼女がこちらをにらみ、すこしふくれっ面でいう。
 俺だってそうさ。俺だって、お前のこと、彼女だっていいたいさ。口に出してはこたえず、俺はビールを飲み干した。
「平行線なんだ、俺たち」
 いきおいにまかせて、俺はいった。恋人になりたかったのは、お前だけじゃない。おさななじみという俺たちの関係を疎ましく思っていたのは俺も同じだった。友だち以上になるためにずっと考えていた、俺たちの関係、それがこれだった。
 ふうん。せっかく見つけた俺のこたえに、彼女はたいして面白くもなさそうにあいづちをうつ。
「平行線だから、決してまじわれない」不幸な宿命なんだ。なおも続けようとする俺を、鏡ごしに見ていた彼女は、はっと気がついたように明るく応じた。
「そうか、平行線だったら、いつまでも近くにいられるね」鏡の中の彼女の目が、笑っている。
「そりゃあそうだけど、いつまでたってもおさななじみで、そんなんでずっといっしょにいたいのかよ。それでいいのかよ」
 ビールの缶を握りしめながらかみつく俺には、取りあわないで彼女はいった。
「ばかだねえ、ずっといっしょにいて、おたがいのことたまらなく好きで、そういう人たちのこと、世間一般じゃ恋人っていうのよ。緊張感とかそういうの、関係ないんじゃないの」だからあたし今度から、あなたのこと彼氏っていうわ。
 じゃあなんで、今まで彼氏って呼ばなかったんだよ。今だって、全然状況、変わってないんだぜ。
 彼女はちょっと考えこんだ。首をかしげながら、俺のことをじっと見つめて。
「彼氏じゃなくて、パートナーっていえばいいかしら。よく分からないけれど、新婚じゃない夫婦って、こんな感じじゃないのかな。おたがいのことよく分かってて、べつに燃え上がるってわけじゃないけど、自然に愛してて、そういう倦怠期目前の夫婦みたいな関係って、こんなものだと思うけれど」
 新婚じゃない夫婦か。たしかに俺たち、ものすごく自然だよね。
「そういう関係って、いいね」
 二人ともちょっと考え込んだあと、そろって言葉がでた。そういう関係って、いいね。「燃え上がらないままこういう関係に突入したのって、ちょっともったいない感じもするけど、でも、不完全燃焼っていうことは、ないよね」
 うん、まあ、こんなもんなんでしょ。いいんじゃない、結果的に落ちつける答えが見つかったんだから。

 そうだよね、俺はすこし安心して、前からあたためていた提案をした。
「じゃあ、結婚しよう」


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