あいさつについて


どんな言語にもあいさつ言葉があるだろうということは、世間の常識となっています。みなさんもクリンゴン語の勉強を始めたら、まずあいさつを覚えたいと思う方も多いことでしょう。しかし、クリンゴン語にはあいさつの言葉がありません。これについて、TKDの前書きに以下のように書かれています。
For example, there are no words for greetings, such as hello, how are you, good morning , and so on. It seems apparent that such words and phrases simply do not exist in Klingon. When two Klingon meet each other (except in cases where military protocol determines behavior), if anything of an introductory nature is said, it is an expression that can best be translated as What do you want? Unlike most speakers of English, who begin conversations with greetings, inquiries about the state of health of the conversants, and remarks about weather, Klingons tend to begin conversations by simply stating the main points.

<例えば、hello, how are you, good morning(やあ、こんにちは、ごきげんいかが、おはよう)等の挨拶の言葉が存在しない。クリンゴン語では、この様な単語や慣用句は全く存在しないことは確実な様である。二人のクリンゴン人が出会って(軍規が行動を規定する様な場合は除いて)、なにか前置きの類を言うとしたら、それは What do you want ? (何の用だ?)と訳すのが良い様な表現である。多くは、挨拶をしたり、知人・親類の健康状態を尋ねたり、天気について言及したりして会話を始める英語話者(および日本語話者)と違い、クリンゴン人はすぐに話の本題から会話を始める傾向にある。>

ここで説明されている「何の用だ?」にあたるのが nuqneHです。これは語源的には nuq(何)と neH(欲しい、欲する)から出来ています。長年使われて来る過程で、慣用句となり一つなぎの語になったものでしょう。この nuqneHはその語源からもわかるように、道端で出会って交すあいさつというよりも、自分を訪ねてきた相手に向かって言う言葉です。クリンゴンのお店に入ると、まずこの nuqneHという言葉で迎えられます。何ともそっけないものです。

実際のところ、クリンゴン語にはあいさつ言葉がないというよりも、クリンゴン人はあいさつをしないと解釈するのが妥当かと思います。まあ、結果としては同じことなのですが、なんとなく考えの流れとしてそのような気がするだけです。あいさつをしないので、あいさつ言葉を必要としないから、ないわけです。

しかし、あいさつが全くないのかといえば、そうでもなさそうです。上のTKDからの引用中に「軍規が行動を規定する様な場合は除いて」とある通り、軍隊では何か話の前置きになる言葉があるのかも知れません。実際、[TNG:Heart of Glory(さまよえるクリンゴン戦士)]では、ウォーフがクネーラに向かって何やら怪しげな前置き・あいさつを言っています。また、言葉ではありませんが、胸をたたいて拳を前に突き出すクリンゴン式の敬礼があることも付け加えておきます[ST5他]。

[ST6]では、ルラ・ペンテ収容所で「シェンドゥー」と聞こえるあいさつが認められます。これは相手に好意を示すものというよりも、自分の存在を示し、これから自分が近づくことを予め相手に気付かせるものと解釈出来るかも知れません。つまり、あのような物騒な状況下では、こっそり近づけば暗殺者と誤解されて殺されてしまうかも知れません。ですので、予め自分の存在・接近を宣言して、怪しい者ではないことを相手に示すのではないでしょうか。

[TKD:p.43]に、qaleghneSという表現があります。意味は「私はあなたに(名誉とともに)会う」「あなたに会えて光栄です」といった感じです。実は、何かあいさつをしないと気まずく感じてしまう地球のクリンゴン語学習者たちはこれをあいさつ言葉につかっています。[TNG:Emissary(愛の使者)]で、ライカーはケーラーに対して以下の「あいさつ」をしています。

nuqneH. qaleghneS.
「何の用だ? お会い出来て光栄です。」というのも変な言い方ですが、ケーラーは連邦の一員ですので、この手の表現には慣れっこだったのでしょう。その場では特に問題にはならなかったようです。但し、みなさんがクリンゴン人を相手にする時には注意しましょう。

その他に、Qapla'といのもあります。こちらはクリンゴン人の間でも頻繁に聞かれる決まり文句で、あいさつのひとつとしても良いかと思います。直訳すると「ご成功を!」という感じです。本来は、戦場に向かう者や何かの任務に就く者に対する激励の言葉ですが、現在では別れる時や何かの終わりには一律Qapla'で締めくくられることが多いようです。

ついでに言うと、この Qapla' を発音する時には音節の切れ目に注意しましょう。英語話者の場合、英語の play, place, planet などに見られるように、 pl という子音連続が身近なために、 Qa - pla'のように区切って発音する例が多く見受けられます。しかし、クリンゴン語の音節構造には、音節末の -rgh 以外には1音節中の子音連続はありません(例外: -rD)。

子音−母音
子音−母音−子音
子音−母音−子音−子音(但し、-rgh のみ。外来語には -rD もある。)
Qapla'Qap - la' のように区切るのが、クリンゴン語本来のやり方です。感覚的に言うと[カッ・プラッ]ではなく[カプ・ラッ]と言うのです。

最後に、あいさつ言葉がないというのは、なかなか理解出来ないという方も多いかと思います。中にはこのことを理由にクリンゴン語の習得がままならないと嘆く学習者もいるようです。しかし、失言を承知であえて言わせてもらうならば、それは単なる逃げ口上に過ぎません。言語の習得はまず日常的なあいさつからというのも、反体制的風潮にある現代に特有の文部省英語批判がつくりだした固定観念に過ぎません。ちょっと難しい言い方をしてしまいましたが、要するに自分が出来ないのを教え方のせいにするべきではないということです(もちろん、これを踏まえた上での批判は良いと思います)。あいさつの言葉は大抵、非文法的(nuqneH しかり)なものですから、それがないからといって、その後の文法学習に支障をきたすことなどありえません。ちょっと横道にそれてしまいました。みなさんはこの文をあまり厳密に受け取って、腹を立てたりしないで下さいね。ちょっと変わった形でみなさんの学習意欲を奮い立たせようとしているだけですので。

最後の最後にもうひとつ、地球の言語での様子も見ておきましょう。中国語のあいさつといえば「ニーハオ」であることは子供でも知っていることですが、実際の日常生活でこれが使われることはないそうです。ニーハオはあくまでも教科書的な表現で、公式な場や外国人に対して使われることはあっても、中国人同士では堅苦しすぎて使われないそうです。それでは何と言うのかといえば、これが定まっていないのだそうです。朝会えば「もう目が覚めた?」「朝ご飯食べた?」「学校へいくところ?」「会社へいくところ?」など、その場の状況に応じて相手の状態・様子・行動を尋ねる質問を投げかけます。人情溢れる良い習慣とも言えますし、おせっかいとも言えますね。日本でも田舎へ行くと、このようなあいさつ体系が見受けられます。クリンゴン人ならばこのあいさつに対して、さしずめ jISaHbe' (知るか!)とでも答えることでしょう。

追記:中国でも若者の間では、英語から入ったハーイやハローが使われるようです。また、アイヌ語にもあいさつ用の決まり文句はないという話を聞いたことがあります。

Qapla'!


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