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波崎事件と司法改革

根本行雄

「宇宙超出学会」の会報34号に、根本の「波崎事件と、裁判員法と刑訴法「改悪」について」と、それへのコメントとして、沢登佳人さんの「裁判員法の問題点 改善と全面否定のいずれを目指すべきか(根本さんの寄稿文との関連で)」が掲載されています。

「冤罪の原因として根本論文は、別件逮捕、代用監獄、弁護士の付かない長時間の取調、長期勾留、取調と証拠物の捜索・押収過程の録音・録画の欠如、未決段階の保釈制度の不備、そして公判前における証拠全面開示の不備、調書の証拠採用の許容を挙げて、その改革こそが司法改革の眼目でなければならないと言っておられますが、全面的に賛成です。これらに加えてさらに、証拠の全面開示を、証拠が収集され調書が作られるつど直ちに行うべきことと、被疑者・被告人とその弁護士が、捜査のあらゆる段階で警察・検察に対し、証拠の収集と取調の方法について自由に請求を行いうること(被疑者・被告人・弁護士の捜査統帥権)を付け加えれば、改革を要する事項がすべてそろいます。残念ながら裁判員法では、これらの改革は全く行われていません。しかし同法施行までにはたっぷり時間がありますから、その間にこの改革を目指して国民的な運動を展開するべきです。」

この文章の最後の部分が、「裁判員法」に賛成か、反対かのメルクマールになると思います。つまり、我が国の冤罪のメカニズムを抜本的に除去するには、上記のような改革が必要だということでは共通しています。しかし、裁判員法施行までに、この改革ができるのか、できないのかが分岐点なのです。沢登さんは、「たっぷり時間がありますから、その間にこの改革を目指して国民的な運動を展開すべき」だとして賛成しています。わたしは、たっぷりとは時間はないし、国民的な運動を展開することはできないだろうと考えていますから、当然、この改革は実現できないだろうと予想している訳です。

最近、「名張毒ぶどう酒事件」と「布川事件」の再審の決定がありました。これらは喜ぶべきニュースです。しかし、冤罪のメカニズムを抜本的に除去する施策がまったく手付かずになっている現状をどう認識すればよいのでしょうか。わたしは、司法に携わっている人々が「無辜の不処罰」を真摯に実現しようとしていないからだと思わずにはいられません。今回の司法改革の目的は、冤罪のメカニズムを抜本的に除去することと、調書裁判を廃して「迅速な裁判」を実現することではないのでしょうか。この2つの目的を実現するには、陪審裁判を実現することであると考えています。

現行の司法改革は、冤罪のメカニズムにも、調書裁判にも、メスが入っていません。まず一番に取り組むべきことに取り組んでいないという現状をどう受け止めればよいのでしょうか。

このような現状認識から、「たっぷり時間がありますから、その間にこの改革を目指して国民的な運動を展開すべき」だとして賛成することは、わたしにはできません。現在の司法改革の担当者および関係者を信用することはできません。また、「国民的な運動」は容易にできるものではありません。このように考えてくると、現行のままの裁判員法の施行には、大きな不安を感じずにはいられません。

確かに、沢登さんの言われるように、「この改革が成功すれば、裁判員法の他の部分は仮に今のままでも、全体として全体として陪審裁判の理想にある程度近いものとなりえ、部分的には英米の陪審制よりいっそう進歩したものとなりうからです。」(主権者である国民の代表である「裁判員」が量刑の判断にも参加するという点において、英米の陪審制よりも進歩しているということ)という主張は理解することができます。

「もっとも、冒頭に挙げた捜査・証拠収集のやり方の重大な欠陥、証拠開示と直接主義(調書の証拠能力の全面否定)の欠落を改めない限り、たとえ裁判員の選定や権能が陪審制の理念に適合していたとしても、結局は警察・検察がお膳立てした物証や調書に基づいて彼らの期待したとおりの有罪認定に導かれざるをえませんから、実質上裁判員は、国民の代表どころか警察・検察の手先になり下がってしまいます。ですから、施行までに以上の欠陥を根本的に是正するように、最善の努力を尽くすべきです。」沢登さんの、この意見には、賛成です。

しかし、肝腎かなめの、冤罪のメカニズムを抜本的に除去する「改革」が成功せず、「国民的な運動を展開」できなかったから、どうなるのでしょうか。
(1)我が国の冤罪のメカニズムを抜本的に除去すること
(2)迅速な裁判を実現すること
(3)裁判員法あるいは陪審制を実現すること
この3つは、すべてが一挙に実現されるか、順番通りに実現されるかであって、(3)から始まって、(1)(2)というような順番はありうるでしょうか。

とにかく、まずは、沢登さんとわたしとでは、我が国の冤罪のメカニズムを抜本的に除去することに努力をしようという点では、一致しています。裁判員法に賛成であれ、反対であれ、まずは、冤罪のメカニズムを抜本的に除去することに努力しよう、この点は共通認識にすることはできると思います。

「波崎事件」の死後再審は、「名張毒ぶどう酒事件」、「布川事件」、「袴田事件」などの冤罪事件に取り組んでいる人々と共に、「無辜の不処罰」を目ざし、冤罪のメカニズムを除去していく運動に育て上げていく必要があろうと思います。また、死後再審に取り組んでいく運動とともに、裁判員法と刑訴法についても、冤罪のメカニズムを抜本的に除去する方向で改正していくように努力していくことが必要であろうと思います。ご理解とご協力をよろしくお願いします。


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