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東京高裁 波崎事件 第二次再審請求を棄却
編集部

 1963年8月26日に発生した波崎事件の犯人として死刑を宣告された冨山常喜さんと弁護団は,1997年7月29日第二次再審請求補充書を提出して東京高裁の決定を待った.

 冨山さんの無実を証明するための証拠の発掘に難渋を極めたが,15件の新証拠を集め,補充書にまとめられ提出した.東京高裁は2000年3月13日富山さんの再審請求を棄却した.弁護団は棄却決定の通知を受けて同年3月17日に異議申立書を提出している.裁判書の棄却決定理由の問題点について考えてみよう.

 補充書では,犯行に用いられたとされるトリブラのカプセルは透明であったという新証拠を提出している.これに対して,裁判書は,1973年の第二審の判決文,”冨山さんが,トリブラの白色のカプセル薬を所持していた”とする,冨山さんの内縁の妻とその娘の証言を引用してはいるものの,この第二審の判決自体には,被告人がトリブラを利用して犯行におよんだとは,記述していないと述べている.つまり,判決文には白色のカプセルを利用して殺害したとのみ記載されているので,トリブラが白色であろうが透明であろうが犯行には関係ない!と裁判所は述べている.犯行に用いられたカプセルがトリブラではないとすると,冨山さんの内縁の妻とその娘の証言の引用は最初から意味がないことになり,一体何のカプセルを利用して犯行に及んだのかが不明になってしまうという大きな疑問が出てくる.

 また,補充書では,(I)Yの胃から検出されたチタンはグレープフルーツに由来するものであり,トリブラのカプセルの着色剤に由来するものではないとの証拠を提出しているが,これに対して高等裁判所は,被害者が志望する前にグレープフルーツカルピスを飲んでいようと,そうでなかろうと,胃の内容物から検出されたチタンが白色のカプセルに由来する”可能性”を排除するものではない!ということを述べている.ここで高等裁判所は,”可能性”と言う言葉を用いたことによって,被害者の胃より検出されたチタンが,カプセルの着色剤に由来しない可能性をも同時に認めてしまっていて,そのことは論理的に考えると,冨山さんのカプセルを利用した犯行説が誤りである”可能性”をも同時に裁判所は認めてしまっている.裁判所の一方的な論理によると,今後,胃から毒物と一緒にチタンが検出された場合,全ての場合に於いて,白色の着色剤のついたカプセルを用いた犯行である可能性を排除することは出来ないという理由で,カプセルの種類など特定する必要もなく,有罪になるということを明確に示している.

 緒方鑑定書について,検察と裁判所両方より,”カプセルの胃内での崩壊開始時間は2分から8分までの間隔があり,鑑定結果は,ただこれを平均すれば5分になるというにすぎず,被験者数を更に増やせば更に各個人間においてカプセル崩壊時間の差が出ることも十分予想されるのであり,その場合は本件確定判決の認定と同様の結果も認められるのである”という意味の主張がなされている.この主張は,彼らが中学程度の数学の統計の知識を忘却していて緒方鑑定書を理解できなかったか,あるいは真面目に緒方鑑定書に目を通していないことを示している.緒方鑑定での胃中でのカプセルの崩壊時間についての10人の被験者の実験結果をみると,10人の被験者数ですでに4分5分台にピークを持つ統計分布関数に近い形状を持ち,平均は4分5分台にすでに収束している.平均値をとれば4分台あるいは5分台になるのは一目瞭然である.このため彼らがあてずっぽに主張するような,10人の被験者では数が不十分で10人以上増やすと平均時間が伸び,本件確定判決の認定と同様の結果が出てしまう様な可能性は,どこにもないのである.被験者を10人以上増やすと平均値の精度は向上し,4分,5分台のどこかの時間に高い精度で収束するが,平均時間が判決の認定時間と整合性を持つ時間に伸びることはない.

 裁判所は,裁判記録中の事件発生当時の時系列を分単位で厳密に議論することは意味がないと言い,裁判記録の時間の精度についてはある程度の誤差を許容している.一方で緒方鑑定のカプセルの溶解時間の実験結果について高精度ではないと主張することは論理的に矛盾である.事件発生当時の時系列の裁判記録に数分単位の誤差を許容しているのであれば,緒方鑑定の10人で行ったカプセルの溶解時間の実験結果は十分高い精度を持っているのである.

 裁判所の棄却決定通知では,補弁第2号証については何ら反論を行っていない.補弁第2号証について同意したものと考えられる.補弁第2号証は青酸化合物中毒の機序についての説明および本件の鑑定である.この補弁第2号証は,補弁第8号証の三に示されているように59例の青酸中毒死を調べた経験を持つ専門家による鑑定である.補弁第2号証によると青酸化合物中毒時には青酸による呼吸酵素系への阻害作用によって,酸素欠乏に関して極めて敏感なものにおいて青酸化合物中毒はまず発現するとある.つめり,まず青酸化合物中毒により神経が麻痺を起こし発語能力は殆ど失われるとある.発語能力の失われた状態になり,その後に即死に至る場合や,しばらくの時間の経過の後死に至るというのである.

 これに対して裁判所の「ばったりと倒れて死亡する」場合もあり,「死亡するまでにかなり長くかかることもある」ので,青酸中毒であっても,一旦外へ飛び出していって,はいたりした後で家へ戻って来て,声を発生させることは可能である,との判断は補弁第2号証についての何ら反論の根拠にはならないのである.

 以上のとおり,裁判所の棄却決定通知には,論理的に矛盾した部分や,科学的に誤りである部分を含んでいる.このような質の悪い棄却決定理由を展開することは,裁判所としても”恥さらし”なのだが,本来,頭脳明晰な裁判官や検察官がこのような論理性の低い文章を書いていること自体,彼らは真面目に再審請求に対応していないことを示している.


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