もどる


追及.波崎事件(1)

安斎 夘平

波崎事件は、カプセルに青酸毒物を詰めて、犯行現場と死亡場所との時間差を利用して完全犯罪を計画したと判決は認定した。

そこまで決めつけるならカプセルの存在の証明、毒物の入手先、毒物所持の証明、カプセルに毒物を詰めた場所と日時などが証明されなければならないのだが、波崎事件の判決は物的証拠によって被告人の犯罪を立証することができなかった。

そこで、判決は情況証拠を並べて死刑を宣告したのだが、その情況証拠には辻褄の合わない情況が目立つのである。

●一審判決文7頁(抜粋)

「保険契約者兼被保険者IYの妻INと被告人とが各半額宛の受取人にすることに変更し、該生命保険の始期を5月25日に遡及せしめて契約締結の運びとなり、」(中略)「不満ではあったが、尚自己が相当額の保険金の受取人になることには変わりがないので、該生命保険を解約せず、IYが無免許で現に転覆事故まで起こして居りながら、依然として自動車の運転を断念しないでいるところからして、同人が自動車を運転中過って交通事故を起こして死亡した如くに偽装し、その方法として、同人が乗車直前に青酸化合物をカプセルに入れたものを同人に正常な薬品と詐って服用させるならば、カプセルが溶解するまでには多少の時間を要するところから、同人はその場で即死せず、自動車運転中、間もなくカプセルの溶解と共に、青酸中毒を起こし、苦悶の末死亡し、而も外見上の観察からして、同人が自動車運転中操作を過って交通事故を起こし、それによって死亡したものと簡単に処理され、従って青酸中毒による他殺であることは到底看破されないものと思惟し、爾来密かに短時間内に青酸化合物をカプセルに入れることのできる準備を整え、好機の到来を待っていた」(以下略)

●主要な証拠は保険受取人の証言

事件は8月26日に起きた。判決が動機だとする保険がなぜ5月25日に「遡及」しなければならなかったのか、判決は説明していない。しかも、保険証書は事件発生から数日後に半額の受取人であるIYの妻宛に届いている。すると犯人は保険金が目的なのに、保険がどうなっているのか証書が殺害した相手の家に届くとも知らず、犯行を実行したというのである。何ともお粗末な完全犯罪である。更に判決が有罪と認定した主要な証拠は、保険金半額の受取人となっていたその妻の証言なのである。これ以上の不可解なことはあるまい。IYは自宅で妻の目の前で苦しみ出したのだが、県警はIY宅の捜索もしなかった。

死因が青酸化合物による中毒死というなら、何はともあれ苦しみ始めた現場こそ保全されるべきではなかったか。

●交通事故の偽装は根拠のない推理

判決は「運転中過って交通事故を起こして死亡した如くに偽装し」と認定したが、冨山方とIY方の距離1.300mの道路の両側は大部分生垣であった。判決の認定する時速30kmでは死に至る事故は発生しない。「爾来密かに短時間内に青酸化合物をカプセルに入れることのできる準備を整え好機の到来を待っていた」「爾来」とは何時の時期を指すのか判決は明示していないが、文脈からすると保険契約を遡及せしめた5月25日頃ということになる。その頃からカプセルと青酸化合物を密かに準備したことになる。では、その毒物はその時期、どこから入手していたのか、犯行を実行するまでの3カ月間も被告人はどこかに毒物を隠していたことになる。しかも5月25日のその日からカプセルに入れて交通事故に見せかける計画だったのか。それにしては、犯行の実行方法はIYが苦しみ始めたその瞬間から、被告人に疑いがかかるような単純なものだった。判決はその理由を交通事故に見せかける計画が失敗したからだと言いたいのであろう。

●浮かび上がる保険のカラクリ

保険の始期を「遡及」せしめなければならない理由も必然性も見当たらない。むしろ遡及には保険外務員のカラクリが浮かび上がるのである。

判決のいう毒物は、事件の当日まで被告人の家にあったことになるのだが、毒物の証拠は遂に発見されていない。判決の隅ずみまで疑問は広がるばかりだ。

(次号に続く)


もどる