メタ落語「こわいまんじゅう」

「はかせぇ。お茶が入りましたよ〜。きゃ〜っ!」
「どうした春菜君? どこか雨漏りでもしたかね」
「違いますぅ。大福が、この豆大福があたしのこと豆でにらむんです」
「ああ、それはただの大福ではないよ」
「ただじゃないって、いくらしたんですか?」
「いや研究費が十億くらいかかったかな」
「ええっ、そんなに……。ボケたつもりがボケ返されちゃったみたい」
「ふふん。君より私の方が歳は上だからね。惚けるのは早いさ」
「さすがですねぇ。で、このたかい大福はなんなんですか?」
「いい質問だ。これは私が密かに開発していた、自己増殖する生きている大福だよ。ウニとアメーバとカタツムリの遺伝子を掛け合わせ、大納言と和三盆をぜいたくに使った餡をじっくりと煮込んで、まったりとしてそれでいて……」
「博士ってば悪いマンガ読んだでしょ。でもなんかよくわかんないけどすごいですぅ。助手のあたしにも隠れてこんなかあいいの作ってたんですね」
「君を驚かそうと思ってな。甘い物には目がないだろう」
「はい。でも、それじゃこのお豆はなんなんですかぁ」
「あ、そうかしまった。目があったね」
「さっき目が合ったときはびっくりしちゃいました」
「この目のおかげで、状況を見て自力で動き回れるのだ。ほれ、つんつん」
「かっ、かぁいい〜。一所懸命ずりずりって逃げてるぅ。スライムってゆうか、ぷよぷよってゆうか」
「そんなにかわいいかな。薄気味悪くはないかね」
「かあいいですよぉ。くりっとした目とか、透き通るような餅肌とか」
「だとすると売り出すときは名前も変えんといかんな」
「なんてゆうんですかぁ」
「不気味大福」
「……がっくし……売れませんよぉ、それじゃ」
「いい名前だと思うんだがなあ。勝手に増殖するから、量産は簡単だがね」
「え? あの、増殖ってのは、えと、もしかして、やだぁもう。ぺしぺし」
「痛いいたい。なにを赤くなっとるんだね。増殖するところが見たいなら簡単だよ」
「きゃ〜。そんなの、見たいです」
「ちょっと水をくれんかね」
「へ? お水ですかぁ? はい」
「ありがとう。これをすこしかけてやると、一匹が二匹、二匹が四匹、四匹が……」
「あの、がまの油じゃないんですからぁ」
「まあ見ていてごらん」
「へえぇ。なんか水のかかったとこがふくれてきましたね。お餅を焼いたみたい。あ、ポリープがちょんぎれちゃった」
「これで一分間もすると、分裂した子の方の個体が成長して増殖は完了するわけだ」
「なぁんだ、これだけか。ちぇ」
「つまらなそうだね」
「え? えへへ。そんなことないです、すごいですぅ。でもはかせぇ。ほんとに水だけでいいんですかぁ? 餌とか……」
「春菜君。その先は言っちゃいかん。質量保存の法則とか、いろいろ厄介だからね」
「はぁい。これってSFかと思ってたら、やっぱし落語だったんですね。じゃあたしもやってみようかな。このお茶をちょっとかけて」
「こらっ! だめだ」
「びくぅ」
「お茶はいかん。お茶がかかるとたちどころに溶けるようになっている」
「な、なんでですかぁ」
「消化を助けるためにだよ。この大福を食べた後でお茶を飲むと、お茶の成分のタンニンが作用して、胃の中で大福がもうタンニン{堪忍}してと……ん? どうしたね」
「博士のギャグに、こ、腰がくだけちゃって」
「そんなにうけるとは思わなかった」
「うけてません〜。だいたい無理がありますよぉ。かっこのなかに解説がなかったらわかんない人がいますよ、きっと」
「むしろカッコ付けすぎかと思ったがな。まあいい、食べてごらん」
「食べられるんですかぁ? アメーバの遺伝子とかゆってたけど、赤痢にかかったりしません?」
「大丈夫だ。ウニとエスカルゴもはいっとるから」
「ふぅん。じゃこれを。はむ……んむ……うみゅみゅ。おいし〜い……けど口の中でもがきますねこれ」
「活きがいい証拠だよ」
「大福の躍り食いって初めてですぅ。お茶もおいしいわぁ。んくっ、んくっ」
「こらこら。私の分まで飲むやつがあるか。いれなおしなさい」
「はぁい。あ、はかせぇ、ごめんなさぁい。お茶っ葉が品切れでした」
「なんだって? 私はこのお茶だけが日々の楽しみだというのに。ふんっ」
「そんな大げさなぁ。じゃこんど買うときは、毎朝中国から空輸してくる『超新鮮的中国茶』にしましょ。おいしいって評判なんですよぉ」
「だめだだめだ。そんな高そうな品は」
「高くないですよぉ。その辺のスーパーでも売ってるくらいで」
「いいや高い。なにしろ雲の上を飛んでる」
「売場は雲の上じゃないのに……あれ? なんだかそっちの子がこころなしか蒼くなったみたいですけど。ぷるぷる震えてるし」
「それは仲間が食べられるのを見れば蒼くもなるだろう。恐いからね」
「あの、もしかして、それがこの落語の落ちなんですかぁ? 『恐いまんじゅう』ってのが」
「いやこの場合『恐がるまんじゅう』だな。まだ落ちではない」
「ほっ。よかったぁ。なんの盛り上がりもないまま落ちちゃったのかと思いました」
「おや、大福はどこに行ったね」
「落ちたんじゃないですか」
「さては逃げたか。まあいいさ。こいつは乾くとかちかちの石衣になって死んでしまうからね。はびこって悪さしたりはしないよ。これがほんとの『強いまんじゅう』だ」
「つよい……まんじゅう?」
「こらこら。これは『強い』と書いて『こわい』と読むのだ。固いことをこわいと言うだろう」
「ええっ。なんで?」
「なんでもなにも、もち米を蒸したものを『おこわ』とか『強飯[こわめし]』と言うではないか。『強面[こわもて]』と言うのもあるぞ」
「ああ、それってこう書くんですかぁ。博士ってば漢字で話すからわかんないじゃないですか。ちゃんと振りがなふっといて下さいよぉ。それに大福っておまんじゅうってゆうよりお餅でしょ。大福餅ってくらいで」
「ほお、詳しいね。強ち馬鹿にしたものでもないな」
「へ? こわちばか?」
「これは『あながち』だ。それはそうと、いまさら餅だと言われても困るな。せっかくの落ちが台無しになってしまった。君は私の助手なんだから、もっと協力してくれなくてはいかん」
「そんな漫才の相方じゃないんですから……(はかせってばこんなしょうもない落ちにするつもりだったのね)」
「しょうもなくて悪かったね」
「あやや、はかせ。かっこのなかまで読んじゃずるいですぅ。心理描写だったのに、ぐっすし。……あっ、はかせ博士、大福いました。あの窓のとこです。ああっ窓の隙間から外に逃げちゃいまいしたよぉ」
「もういいよ、一匹くらい惜しくはない。逃がしてやりなさい」
「でも、外は大雨ですけど……」
「や、いかん! 捕まえるんだ春菜君」
「はいぃ!」
「生きたまま雨の中に出すなんて、万に一つもあってはならん事だ。しかしまんじゅうだけに万に十くらいは……」
「だからおまんじゅうじゃないって。きゃ〜!」
「なんだ、玄関にへたりこんで。うわ」
「あ、あ、あたり一面大福ですぅ。どうしましょ」
「もう遅い。地球は大福に乗っ取られるのだ。SFに出てきた殺人植物トリフィドのように」
「ぞくっ。身体中にトリフィド{鳥肌}が立っちゃいますぅ」
「そうだお茶だ。春菜君、お茶をいれてくれ」
「なにのんきなことゆってるんですかぁ」
「ちがう。お茶をかけてこいつらを溶かすんだ!」
「あっ、そうか。じゃさっそく……あやや、だめですぅ」
「なにがだめだ」
「さっき全部使っちゃいました」
「ではせめてさっきのお茶を」
「あたしが飲んじゃいましたぁ」
「あああ。もはやなす術がないのか。こうしているうちにも千二十四匹が二千四十八匹、二千四十八匹が四千九十八匹……」
「そのネタさっきも使いましたよぉ。計算まちがってるし」
「おお神よ。生命をもてあそんだ私をお許し下さい。なにとぞこの雨をお茶に変えて下さいませ。あ、かっぽれかっぽれ甘茶でかっぽれ」
「はかせぇ、取り乱さないで、その変な踊りやめて下さいってば」
【ぴかっ。どど〜ん】
「なっ、なんだ今の擬音は? 春菜君か」
「すみかっこに入ってるから、あたしじゃないですぅ」
「すると雷か。おおっ。見たまえ」
「雨が……お茶に? どうして?」
「何だか知らんが助かったぞ」
「大福がみんな溶けてますね」
「神頼みでもなんでもやってみるものだ。さあ部屋に戻ろう」
「博士のお茶乞いの舞が地球を救ったんですね。よっ、お茶飲み博士」
「そうだ。普段の心掛けがいいから、孝行の威徳によって天の感ずるところ、略して天感だな」
「心掛けが悪いから雨が降ってたんじゃぁ……」
「なにか言ったかね」
「あ、いえ、孝行ないとこって誰かなって思って。あはは」
「落語の二十四考を知らないのかね」
「二重思考って、オーウェルの『1984年』に出てきたやつですかぁ」
「それだからお前さんは物を知らないと言うんだ。だいたい従兄弟ではなくて威徳だ。そもそも中国に二十四考という親孝行の物語がある。その中に王褒[おうぼう]という方があってな、この方に一人のおっかさんがあった……」
「あの、博士、この期におよんで落語内落語はじめるのやめて下さい」
「しかし冷静に考えて、なぜ雨がお茶になったんだろう。これだけの珍事ならニュースでなにか言っているかもしれないな」
「テレビつけてみますね」
《ただいま入りましたニュースです。積み荷にお茶を満載した中華貨物航空公司の貨物輸送機二十四便が、先程消息を絶ちました。付近には雷雲が発生しており、落雷のため空中爆発した模様です》
「なるほど、やはり中国の航空の威徳だったか。天感ならぬ感電だなこれは。気の毒だが、それによって恐いまんじゅうの侵略が抑えられたのだ。もって瞑すべし」
「だからおまんじゅうじゃありませんてば。これじゃちっとも落ちがつかないじゃないですかぁ」
「大丈夫。代わりに飛行機が落ちた」
                       おあとがよろしいようで