私家版  穴倉百人一首

         石垣一期

第一首
あかつきは つらにゆのみの ホワイトので
 ぬれろあのこも ほたがまつりを

通釈:
夜が明ける頃には顔に白い湯飲みがぶつかって、あの子も水浸しになってしまう保田の祭だなあ。


第二首
あほすぎて ふやけたはまの もろこしへ
 すきにしてるか なつのまぐろら

通釈:
愚かすぎたために軟弱な海岸の広がる外国に行ってしまった夏の鮪達は、それからも自由に暮らしているだろうか。


第三首
あまやどり よしののかりを ねびきをも
 しなのだがしを ひなとりがのむ

通釈:
吉野で狩をしていたら雨が降りだしたので、料金の割引を要求していたところ、中国産の駄菓子を雛鳥が飲み込んでしまった。


第四首
うらのふたご ふたつのいちに ゆでてみれば
 うしろにはじき かねのへつたり

通釈:
裏に住む双子を二つ一度に茹でてみたら、背中に銃を突き付けられて、金を奪われてしまった。


第五首
あにきとく おくやみのこゑ ききわけし
 なくもまぢかき ふみぞはかなし

通釈:
兄が危篤なので、早くもお悔みの声が聞こえてきた。泣き声ももうすぐ始まるだろう。弔意の手紙も儚いことだなあ。


第六首
さかもぎに しせるわたしの きみしれば
 ふろおけにはく さるをのぞけよ

通釈:
私が逆茂木にかかって死んだことを君が知ったならば、風呂桶に嘔吐する猿を追い払いなさい。


第七首
アラバマの がきもみなさる かのやまで
 かれいふりかけ すしにはさみつ

通釈:
アラバマ州の子供達も去るあの山で、鰈のふりかけを寿司に挟んだことであるよ。


第八首
わがはいは やみとふなよひ ほぞをかみ
 とやまのたいこ うじむしすりつ

通釈:
私が闇の中で船酔いに苦しんで、乗船を後悔していると、富山出身の幇間が薬にと言って、蛆虫を擂り潰してくれている。


第九首
みせしめに わにはふろづりよ つけたなら
 まるにいがいが なはのうになり

通釈:
みせしめのために、鰐を風呂釣りと言う拷問にかけたところ、丸い形にいがいがのついた那覇の雲丹になってしまった。


第十首
ココヤシの ゆくさきしれる ふせてのれ
 ももももらわぬ かかあはかへる

通釈:
ココヤシを送る先が知られてしまうから、目的地を伏せて乗りなさい。そうすれば桃も貰わない奥様は帰ることだろう。


第十一首
はげのひとよ あたまのかつら はとぬぎて
 やねにいでまし ふわりそこつけ

通釈:
髪の毛が不自由な人よ、頭の鬘をはっとばかりに脱いで、屋根に昇ってふわりとそこに着地しなさい。


第十二首
かぜをひき とどめのぢかく つまもぢよ
 しばしとのがた むすめよあふと

通釈:
風邪をひいた上に、痔核に止めをさされた。そう言えば妻も痔持ちであるなあ。しばらく殿方用に籠って我慢していたが、娘よ、私はもうアウトだ。

 
第十三首
みみつねる くちのひふなる バヨネツト
 もりのおがはぞ こつてりなりぬ

通釈:
不詳。森の小川がこってりとしている。


 

第十四首
ちゑものの ただれしのみそ ずぶりわれ
 ぢみめなくらし なにくれににゆ

通釈:
知恵者の爛れた脳味噌がずぶりと割れてしまった。それ以来地味な暮らしをして、なにくれとなく煮ていることだなあ。


第十五首
つきみのに いつかわきでたる むつのデモ
 ふゆははながめ テロにこわがり

通釈:
つきみのに、いつの間にか六つのデモが巻き起こった。冬になると母はそれを眺め、テロ行為を恐れていたことであるよ。


第十六首
たちわるの むこのかへりまつ ばかなまね
 いやみふかれし おばにいとまき

通釈:
質の悪い婿の帰りを待つとはなんと愚かなことだと、さかんに嫌味を吹きかけてくる伯母を、糸でがんじがらめにしてしまった。


第十七首
ちはやふる かみよもきかず たつたがは
 からくれなゐに みづくぐるとは

通釈:
花魁の千早に振られた関取の龍田川は、妹分の神代にも言うことをきいて貰えず、郷里で家業の豆腐屋を継いだ。そこへ零落した千早が訪れたが、龍田川が卯の花さえくれないので、井戸に飛び込んでしまった。


第十八首
ひひのへに えみしのよぢる やみよかな
 ときめくよるの よめさゆすらむ

通釈:
狒のそばで蝦夷人が身を捩るような闇夜である。初夜を迎えてときめいている嫁を強請ってやろう。


第十九首
がにまたの みじかきあしの ふぐのこは
 もやしはすてよ あしをなでよと

通釈:
O脚で脚の短い河豚の子は、もやしはすてろ、脚を撫でろと、うるさいことであるよ。


第二十首
おばたまは はなみぬなつは くにもして
 あわれむじなを いびるとぞおもふ

通釈:
「おばたま」は中年婦人の一人称。私は花も咲かない夏を苦にしているので、哀れな狢を傷めつけようと思っている。


第二十一首
マイコムに いましばかりで ありがちな
 なつのいかをつる きあつのとひきけ

通釈:
マイクロ・コンピュータに、今の季節に柴刈りをしていると発生しやすい、夏の烏賊釣りに適した気圧配置について、質問しなさい。


第二十二首
ベムふぜいの かをのくらくら しをるれば
 あきさしきにと あふやまからむ

通釈:
たかがベム風情であっても、顔がくらくらと萎れてしまうのであれば、空いた座敷ででも会ってやろう。


第二十三首
あつれきに ちぢのもみけし これなきそ
 わがみひとつの ばかにはあらねど

通釈:
政治的な軋轢に、知事が介入しようとしないので、事態は紛糾の度を強めている。私一人が愚かなせいではないのだが。


第二十四首
このたびは ぢさもとりあへず たぬきやま
 しにかみのみも けむのまにまに

通釈:
この度は、時差もものともせず狸山にやってきた。なにしろ、死に神の姿が煙の間に見え隠れしていると言うではないか。


第二十五首
なにしやがる ひとにしられで かづらかふ
 さまもさくしな およねのばあは

通釈:
何をするのか、他人に知られぬように鬘を買おうとしていたのに、と策士を装ったおよね婆さんは言っていることだなあ。


第二十六首
なやみぐひ コアラとまみゆ ばばをまね
 きみのいぢらむ こもろのまたたび

通釈:
不詳。「ばば」は前の歌のおよね婆さんであろうか。コアラと会ったばばをまねて、君がいじくり回しそうな小諸産のマタタビを自棄喰いしている。


第二十七首
きみがみる むかしこひつる はなみづき
 てらのかはらが かわいていると

通釈:
君が見ているのは、昔懐かしい花水木だろうか。遠くに見える寺院の堂宇も、穏やかな春の日差しに瓦が乾いていることだ。


第二十八首
さもしさは やまざともゆり ふとければ
 めさへかくとも ひびぞおさまりぬ

通釈:
さもしいことではあるが、山里と言えど百合の根が太いおかげで、(囲碁の?)目が欠けていても、日々を無事に送ることができるのだなあ。


第二十九首
こころにて ををやのきせるも ばくはつし
 おはなはしらむ あららぎのまど

通釈:
念力で家主の煙管までもが爆発した。そのために彼の鼻は吹き飛んで、行方知れずになってしまった。蘭の窓辺の出来事であるよ。


第三十首
つきあかり わけなくみえし つかれより
 ああうりきれの ばかものはなし

通釈:
月明かりの下に、徹夜で並んだにしては疲労の色はさほどにも見えない。それよりも、ああ、そこまでしてもなお売り切れになってしまうとは、これほどばかばかしいことはない。


第三十一首
つきみあとに ゆらりあけにし あさぼらけ
 よしののさると きのふれるまで

通釈:
月見の後に朝がゆっくりと明けた。昨夜は吉野に生息する猿とともに、精神に異常をきたすほど騒いだのだ。


第三十二首
はなにかぜ ががたるやまの ぢあらしは
 けがれもみへぬ みもなかりけり

通釈:
花に風の言葉の通り、峨々たる山に吹き荒れる地嵐は何もかも吹き飛ばした。けがれも無くなった代わりに、実もならなくなってしまった。


第三十三首
こしひかり たごさくのはは づらかるに
 ひのけなどなき ひむろのちるの

通釈:
「こしひかり」は田吾作の枕詞。田吾作の母が逃げて行ったと思ったら、火気などないはずの氷室が飛び散ってしまった。


第三十四首
たれにせむ かもをまつとも むらなかに
 かのたごさくの しるひともなし

通釈:
誰にしようかと犠牲者を物色しているが、この村のなかに、あの田吾作の知り合いは居ないのだ。


第三十五首
トロイカぞ ふむはこけるは にほひにも
 しるこはならず さとのさかひし

通釈:
三頭立てのロシアの橇がたとえ踏もうと転ぼうと、匂いからして汁粉にはなりそうもない故郷の堺市であることだなあ。


第三十六首
なまよひだ よあけのくもの ナイヤガラ
 つどにぬるるを はきつづくらむ

通釈:
ひどく酒に酔ってしまって、夜明けの雲の棚引くナイヤガラ瀑布の眺望を楽しむこともできない。先程からぬるぬるした物を吐き続けているのだ。


第三十七首
つゆあけの ののしらはたに かぜぞふき
 つまとくちぬる ききしらぬめり

通釈:
梅雨明けの野に立つ白い旗に風が吹いている。私が妻と共に、この地に朽ちていくことなど、聞き知る人もないのだろうなあ。


第三十八首
もみをする はずかしくても おわらない
 ひとをののしる かちのあるひばち

通釈:
とても恥ずかしいのだが、籾摺りがなかなか終わらない。これと言うのも、人を罵ってでも手に入れる価値のある火鉢のためだ。


第三十九首
ふかのひれ ぢきのあらしの ひどさなど
 あまりのことの ぶしのてはしを

通釈:
不詳。磁気嵐がひどいため、武士の手は塩まみれになった。


第四十首
おもいでぶの はでにふとりし ふとけれど
 まがひものにや ひとのこわいろ

通釈:
体重の重い肥満体の人は、非常に肥っていて太く見えるけれど、他人の声色を使っているところからすると、偽物に違いない。


第四十一首
わがひとも ひなにそだちて けたはずれ
 マカオこひしき ふりこそしめす

通釈:
私の恋人は田舎育ちにしては桁外れの大人物で、マカオを恋しがるかのような素振りを見せている。


第四十二首
なまみそや ゑぼしのはじに きりぎりす
 ちつとこたつで さかなをつまみ

通釈:
蟄の如く炬燵にかじりつき、生味噌を酒肴にしていると、烏帽子の端にきりぎりすがとまったことであるよ。


第四十三首
むしばのひ おにはかぶらを あざけりて
 ものみのこころ はれのちくもり

通釈:
六月四日に鬼が蕪を嘲弄したため、見張り役の心は晴れのち曇りである。


第四十四首
なかうらに みえたあざらし まふことの
 ひとをもみをも はてしなくかな

通釈:
内湾に現れた海豹は、他人も自分も構うことなく、果てしなく舞い続けている。


第四十五首
あほづらに みともふたとも いはれなき
 いえのかべでは おひぬべきなり

通釈:
不詳。愚かしい顔つきの者は、我が家の壁からは追い払うべきだ。


第四十六首
ゆゆしくも たるをこえたら とらのみち
 ひをかへぬかな ワヂのふなびと

通釈:
由々しいことに、樽を乗り越えたら虎の通う道に出てしまった。日を変えて出直そうかと、涸谷を行く舟人が思案している。


第四十七首
やねむぐら しげれるやどの さしひきに
 きみはあそこへ えきにとびけり

通釈:
屋根に葎が茂っている宿の代償に、君はあそこへ行って、駅に飛び蹴りを喰らわせなさい。


第四十八首
うつけもの なみかぜをたて はいをおい
 おのれのかこも みなみのふろくだ

通釈:
愚か者が世間に波風を立ててまで蠅を追っている。自分の来歴も南の付録に過ぎないと言うのに。


第四十九首
もみをえかり はるはきのえも ひもじきは
 たへるゑひこそ つつくおものよ

通釈:
籾を手に入れた甲の春だと言うのに、やはり飢餓には変わりがない。空腹に耐えるために酒に酔って、御膳をつつく代わりとしているのだ。


第五十首
ながながし からざをさへも きみのため
 いくとおりしも ちがひけるかな

通釈:
とても長い脱穀用の竿を担いで行くのも君を思うがためである。ところが、いざ行ってみると、ちょうど行き違いになってしまったなあ。


第五十一首
きじるしは なおもからだの もぐさもゆ
 ひえにくいとも やぶをさしさし

通釈:
きの印が付いた人は、未だに身体中でもぐさが燃えているとの妄想を抱き、冷えにくいではないかと、薮医者を滅多刺しにしてしまった。


第五十二首
ぼけながら くるうものとは なれるかな
 けさしらぬあほ メアリばらしき

通釈:
痴呆の上に発狂してしまったのだろうか。今朝、私の知らない阿呆がメアリを殺してしまった。


第五十三首
いつものひ しげきひとつく よのなかに
 はしりまはると さかあるきぬる

通釈:
普段と変わらないある日、刺激が人を突き動かしている世の中では、走り回っていると逆さに歩いてしまうのだなあ。


第五十四首
すわれじの ゆくすゑまでは ちかければ
 けふもたがいの となりのかぎを

通釈:
満員電車では座れないが、目的地は近くなので、今日も互いに自分の隣家の鍵を交換しよう。


第五十五首
ひけしなどは えこそこなれて さたのなく
 おれなきぬれて がきとほえたり

通釈:
消防士だった彼は、絵画の腕前が上達し、さすらいの旅に出てしまったので、消息が判らなくなってしまった。私は涙に暮れて子供達と泣き叫んでいるのだ。


第五十六首
ざこのあむ ひもがコアラと ほらのひの
 よなかのたびに でまいとおもふ

通釈:
不詳。エイプリル・フールの夜中には、コアラと旅行に出発しない方がよい。


第五十七首
めぐりあひて くもがくれにし やまなかに
 それともわかぬ よみのつきはし

通釈:
巡り合ってしまったので山の中に雲隠れしたら、知らないうちに黄泉の国の尽きる端に迷い込んでしまった。


第五十八首
あさまやま ゐればわするや ひでりなす
 サハラのかぜは いそをふけよと

通釈:
「日照りなす」はサハラの枕詞。浅間山に暮らしていれば忘れてしまうが、サハラ砂漠を吹き抜ける風は、むしろ海岸に吹くべきだろう。


第五十九首
みけですら さよのふてねは なやましく
 をかしなまでの かたきをぶつも

通釈:
猫の三毛ですら、夜中に不貞腐れて寝ている様は悩ましい。面白いほどの仇敵を叩いているのに。


第六十首
アイダホの まえのばけもの みみずくは
 だましてとおれ みほのふちやま

通釈:
三保の淵山に行くためには、アイダホ州原産の化け物みみずくを誤魔化して通りなさい。


第六十一首
やへざくら けふのこやしの へらないに
 みのここのへに にほひぬるかな

通釈:
今日中に八重桜に施すはずの肥料がなかなか減らないので、私の身体はとても臭うようになってしまった。


第六十二首
よめにとて よるのあかさか リラをそふ
 はともはこねの せきはゆるさじ

通釈:
結婚してくれと、夜の赤坂でリラの花を添えてプロポーズした。承知してくれたなら、鳩一羽と言えども箱根の関を越えさせはしないのだが。


第六十三首
とてもよい ひだをひとなで たえがたし
 ふむならづばり おいもはなかま

通釈:
不詳だが、どことなくいやらしい。


第六十四首
あぜはたえ ぢわれにあたる ぼけじろう
 あさだはかせの えりのぎらぎら

通釈:
畦道がなくなり、ぼけじろうは地割れにぶつかった。それにしても浅田博士の襟はぎらぎらしているなあ。


第六十五首
わさびだに むくちなものを あひけるを
 なみにほうらで そこしれぬこそ

通釈:
山葵田で無口な人と出会ったが、波間に放り込まないでおいたら、底知れなくなったことだ。


第六十六首
もとともに よもやまはなし ざくろとり
 あれはおならし ほかにへもひる

通釈:
かつて友達だった人と、世間話を交わしながら石榴取りをしていると、あの人はおならをしたり屁をひったりする。


第六十七首
ゆたかなる にしをくひけむ よのそばめ
 これはくらまの たたりなるかな

通釈:
私の側女は大量にある螺を食い散らかしている。これは鞍馬天狗の祟りではないだろうか。


第六十八首
ここらへは あきにかるがも よろこべば
 うひでしによき ならのつきかな

通釈:
この付近では、秋になると軽鴨が喜ぶので、愛弟子の為には良い奈良の月であるなあ。


第六十九首
ふぢのやま はしりしみのの たつたかは
 あばらもきろく のみになりけむ

通釈:
富士山に向かって、名古屋出身の関取、龍田川が走って行った。彼の立派な肋骨も、今では記録に残るのみになってしまったなあ。


第七十首
きびしさに おやじがちいを どくづいても
 あさのバナナで むれたゆふぐれ

通釈:
世の中の厳しさに、父が自分の社会的な地位について不満を述べ立てても、人々は朝方とれたバナナで、夕暮れまで群れ集っていることであるよ。


第七十一首
あきやどに かぞくづれとて まぜたふろ
 おばのかなしさ ゆふれいのばあ

通釈:
空家に泊まって、家族連れだから構うまいと混浴にしたが、仲間外れにされた叔母が恨みに思い、幽霊となって現われた。


第七十二首
あはれかな そのおたのみは きけじとも
 にくやのぬかで だましこそすれ

通釈:
気の毒だがその頼みは聞き届けられない。肉屋で売っている糠で騙すことはあっても。


第七十三首
たたみなら さらさのへりの けをかむと
 かのたごさくの あきやにもすまず

通釈:
畳を敷くなら更紗の縁の物を使い、けばだった所を噛むのだと、あの田吾作は強がりを言って、空家にも住もうとはしない。


第七十四首
うしかいの よからぬひとは やまをおろし
 つれのせをけり はげるものとは

通釈:
悪い牛飼いが山から下りて来て、連れを背中から蹴倒し、身ぐるみ剥いでしまった。


第七十五首
あめをしのぎ ちりのつもれり さしちがい
 とおいこあゆも はにきぬきせて

通釈:
不詳。


第七十六首
おさらぎは ひみつのてきまで こわいのに
 かもゐふれなば たたくしがらみ

通釈:
不詳。大佛氏が敵を恐れている。


第七十七首
はいやみの すゑはテルルに むせたとも
 あきにもわかれぞ ははがおふせを

通釈:
肺病患者が末期症状を呈して、テルルにむせてしまった。この秋にも別れが訪れるだろうと、母親が御布施を持ってきたことだ。


第七十八首
すしにどく めまいちりぢり こゑもせぬ
 きざなあのよは よくかねのまふ

通釈:
寿司にメタノールが混ぜられていたために、目が見えなくなって、声も出せずに絶命してしまった。地獄の沙汰も金次第というが、気障なあの世では金が盛んにやりとりされているなあ。


第七十九首
もげたかな けやきにくくる さかさづり
 あたれよいびきの つえのまぜもの

通釈:
不詳。


第八十首
もののけは みずがからから もろもろを
 みこしさてこそ おくへなだれこむ

通釈:
物の怪は、日照りで水が無くなる事を始め、さまざまな事を見越しているからこそ、家の奥に殺到してくるのであるよ。


第八十一首
なぎなたの ばかをありたけ きるときぞ
 あほだとのこる むれつつすがれ

通釈:
薙刀で馬鹿者を皆殺しにする時がきた。阿呆であれば生き残れるのだから、集まって命乞いをしなさい。


第八十二首
あおもりの うみにてはける ももひきは
 さわりないのを なへたびだちぬ

通釈:
青森の海ではいていた股引きは、支障のない物を見繕って、汝の元に旅立たせた。


第八十三首
おそれるな おくのよこみち なかもよい
 なにのぞましく かなひけるやも

通釈:
何も恐れることはない。奥の横道は中の方も良いものだ。何を望んだとてかなうかも知れない。


第八十四首
ながらへば やまとごころは むしばまれ
 のみしいこひし たのしうきよぞ

通釈:
長生きをすると、大和魂が蝕まれていく様を見なければならない。誰も彼も酒に憩いを求め、浮世を楽しんでいるではないか。


第八十五首
よもすがら ものもらふころは やねであけ
 おやのまひさへ つかれなりけり

通釈:
一晩中乞食をしていた頃は、よく屋根で夜を明かした。親が麻痺してしまったのも、その疲労が原因なのだよ。


第八十六首
おもながな やつがみてるは はだかかな
 ほとけのなげる きもちをこわす

通釈:
不詳。面長な人が裸体を鑑賞していたので、仏罰が下ったらしい。


第八十七首
ゆめのまの はつゆきにあふ ひだのまち
 きぼりのたぐる むらさきもぬれ

通釈:
夢を見ている間に、初雪を迎えた飛騨の町であるよ。木彫り職人が手繰り寄せる紫草も、しっとりと濡れているなあ。


第八十八首
やみなべの ひえるゆゑには あしきひと
 このよわたりの かねをつくして

通釈:
闇鍋が冷えてしまうので、悪い人は生活費を使い果たしてでもそれを防ごうとしている。


第八十九首
よもよなら わるぶることの ねがえりの
 なぞをしのばば まえへすたたた

通釈:
彼の寝返り行為は、時代によっては悪ぶっている事にもなったのであろう。なぜその様な事をしたのかと考えていると、本人が目の前に走って来たことであるよ。


第九十首
かずしれぬ だれもそぞろに みせばをや
 でじまのはまの あなにはいらぬ

通釈:
無数の人が気もそぞろに見せ場を期待しているらしい。しかし、出島の浜にある穴には入ろうとしない。


第九十一首
むぎかりし さとりもろくも キスしたね
 きになやむかも こひのよりしろ

通釈:
麦刈りをしていた時、悟りも空しく接吻を交わしたね。後悔するかも知れない恋の拠り所であるよ。


第九十二首
わしのことで ほしにねがひし そのおそく
 わしもまみえぬ いきなはからひ

通釈:
儂の事に関して、星に願いをかけたその深夜に、儂も対面することができるとは、粋な計らいであることだなあ。


第九十三首
つまがつぐ よにもあこぎな かねかしは
 ななのものでも ななのねをさぶ

通釈:
妻が後を継いだ、非常に悪質な金融店は、七円相当の担保でも、七円の値を三円に見積っている。


第九十四首
ころしやの よふけのさとの くまうてよ
 あさふりみるも さむきなつかぜ

通釈:
殺し屋も、夜更けの里に出没する熊を退治しなさい。朝を迎えて振り返ってみると、夏風邪をひいて悪寒が走っている。


第九十五首
みそめたが すきまにみたか おぞけつく
 にのよのふわで なほなほおそう

通釈:
見初めた相手が、私を隙間から覗き見たのか、怖じ気付いてしまった。以下不詳。襲いかかったらしい。


第九十六首
なのはなは ふみのわがなに ふりゆきし
 あけのそらでも ゆりさくらはり

通釈:
菜の花が、手紙に書かれた私の名前に降りかかっている。夜明けの空にも百合や桜の花がが貼られている様だ。


第九十七首
やつがれの ほうもしらぬを ことほぎつ
 こひにゆふやみ まつもののなく

通釈:
私の方でも知らない人を祝福したが、恋に夕闇が訪れて、私を待つものは誰も居ないのだ。


第九十八首
はなのがけ みぎはのそのを ゆふしぐれ
 なつぞしらるる かぜそよぐなり

通釈:
花の咲き乱れる崖、汀の庭園に夕時雨が降っている。夏の訪れを知らせる風がそよいでいるなあ。


第九十九首
あぢのもとも ひしおもよくは なきゆゑに
 うしをひらめも ふとおもうふみを

通釈:
味の素も醤も良くないために、牛や鮃をふと思い起こす身をいかにしようか。


第百首
きしふるき やぶにあかりの ほもけむり
 あなものものし まるきばしなり

通釈:
時代を経て欝蒼と茂る岸辺の薮に、灯明の篝火が煙っている。なんとも物々しい丸木橋の光景である。